2017.09.16 いちじくジャム
僕といちじくとの出会いはちょうど3年前で、長野で行きつけの直売所だった。それまでいちじくのことなんて考えたこともなかった。
いつもりんごだらけの売り場に、その日は珍しくいちじくのパックが置いてあって、目をひいた。
真っ赤に熟れたいちじくだった。
そういえば、と僕の愛読するジャム本にいちじくも載っていたのを思い出して、軽い気持ちで買い物カゴに入れた。
というのは嘘だ。
ジャム本に載ってたのを思い出したのは本当だ。
「軽い気持ち」の部分が嘘。昔のことでよく覚えてないけど、元来優柔不断な僕のことなので、かなり逡巡したに違いない。
いちじくジャム?
美味しいのか?
相場もよくわからない。
これは安いのか?
だいたいこの重さ(当然りんごも買うのでりんごの重さ含む)電車で持って帰れるのか?
よく覚えてないけど、勢いで買って、気合いで持って帰ったのだろう。
家に帰るとまず「いちじく 食べ方」でググった。そのくらいいちじくのことを知らなかった。いちじくなんて歴史か文学の世界にしかないと思っていた。
古代ローマでカルタゴ産いちじくウマいヤバいと言ってカルタゴ滅ぼしたアレだ。
たしかイエスキリストが根絶やしにして以来、もう実を結ばなくなったのではなかったか。
あるいは村上春樹の小説の主人公がいちじくを食べるとかまぁありそうな話だが、当時の僕ならそれを読んで
「そんなやつ現実におるかい!」
とツッコミを入れるところだ。
しかし、グーグル先生は一瞬で無数の答えを返してきた。検索結果を見れば、まるで全人類が毎日いちじくを食べているかのようだ。
そうか、いちじくは実在するし、洗って切るだけで食べられるのか。
それからいちじくの虜になった。
じつは、長野はいちじくの産地ではない。おそらく、どこかのりんご畑の隅っこに数本植わってる程度だろう。経済の物差しで測れるほどの量は出回っていない。国内生産量ベストファイブは、愛知、和歌山、兵庫、大阪、福岡。
なるほどいちじくは温暖な気候を好み、長野は寒すぎる。だから長野ではごく少量、ごく短い期間、しかもやや遅めに、ごく限られた場所でしか会えない。一昨年、昨年、僕はそれを知らず、ロクに調べもせず、旬とされる9月に出張にかこつけて当の直売所まで出掛けて行った。しかし当然、そこにいちじくはいなかった。相手のことを知ろうとしないことで、すれ違いは生まれる。
何回か、近所のスーパーで買ってみたりしたが、なんか違う。色も、味も、香りも薄いというか…
そうこうしてる間に仕事での担当替えで長野出張が激減。もう残念で仕方ない(いや仕事しろ)。かわりに、金沢に頻繁に行くことになった。
しかし、金沢を含む石川県は、予想外に農業国であった。予想外というか無知なだけであるが、いわゆる加賀野菜や、もちろん米も、相当の生産量。海鮮も含めて、地元のひとが地元産を大好きでたくさん食べてる感がある。
その金沢で美味しいいちじくに会えるとの情報が入ったのが9月のはじめ。これは行くしかない。
しかし金沢である。ちょっとお客さんとこ顔出しに行ってきます〜というノリで行ける出張先ではない。口実を作るのに1週間かかってしまい、実際の出張はさらに1週間後となった。とにかく、これでようやくいちじくに会える。いや仕事もしてる。
というわけで、良いものを安く手に入れることができた。金沢最高じゃないですか。
よく熟れたいちじくは生食してもめちゃめちゃ美味い。刻んだそばからつまみ食いしてしまうが、2切も食べたらあとは我慢だ。
というのは嘘だ。丸一個分は食べた。
皮の赤い部分は剥かずにそのまま刻む。加熱すれば煮溶けるし、美しい赤色が出る。白い部分は溶けずに残ってしまうので、細かめに刻むか、取り除く。
いちじくはそれ自体がけっこう甘いので、甘過ぎるのが嫌であれば砂糖を少なめにした方がいい。僕はあくまでも来たるべき冬に備える保存食としてのジャムなので、あくまでも40%の砂糖を入れる。ただし、レモン汁を多めに。
基本的に皮や種を取る必要がなく、洗って刻んで煮るだけなので、ジャムとしてはとても簡単。半量の砂糖をまぶして火にかけ、灰汁をとりながら15分。残りの砂糖と、レモン汁を加えて10分。レモン汁を入れると、サッと赤みが鮮やかになるのが面白い。
真っ赤、ではないが、いちじくらしい、上品な赤に仕上がって満足している。
ジャム界隈では、9月中はいちじくの話題で持ちきりだ。Instagramを覗くといちじくを煮る写真が大量に上げられている。全人類が毎日いちじくを煮てるかのようである。それを見ては気が狂いそうになる。
気が狂うとは言い過ぎだろうと思われるかもしれない。ならば恋い焦がれると言い換えてもいい。似たようなものだ。
日夜いちじくのことばかり考えてしまう。妄想の中でいちじくを何度も、たぶん合計で10kgくらいは煮てる。暇さえあればいちじくをネットで検索する。「いちじく」と口にするだけで幸福を感じる。ノートに「いちじく」と繰り返し書き連ねたり、は、さすがにしないです。
とはいえ正直、当初の僕は長野産いちじくを美化しすぎていたと思う。まさに、恋。盲目である。今回金沢のものを買って、煮て、食べて、美味しくて、少し冷静になれた。すると、その辺のスーパーでも、ちゃんと見ていれば美味しそうなものが出ていることに気づく。
ただ、やっぱりそれほど買う人がいないのか、数も少ないし、売れ残りがちなことが多い。いちじくはわりと足がはやいので、傷みかけで安売りしてたりする。それはそれで嬉しいのだけど、なんだか少し寂しい。
いちじくと、いちじく農家を応援するべく、今シーズンのうちにもういちど煮たいと思ってる。ただ、もう空瓶がないんだよなぁ。
この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?