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旅立つものを偲ぶ

令和3年(2021)9月10日19時41分
夫の母が天寿を全うした…数えで90歳
最後の力を振り絞って自分の家に戻り安堵して
この世に別れを告げたのでしょう。

退院する日に床の間に飾る花を用意した。
店先のピンクのガーベラが、目に留まった。
ガーベラの花言葉「希望」に願いを込めた…
長持ちするはずのその花は、すぐに首が垂れた。
義母の限られた命の灯火が小さくなるのと同様に
ぐったりして息絶える様に見えた。

何も口にしたがらない…
薬も飲ますことができない…
「此処から先は、全て延命処置となる。」
医師と看護師から告げられる。
自然に命を全うしようとしてることを
邪魔することは、如何なものかと教えてもらう。
義母は、もう決して長くないと認めざるを得なかった。
身体のON状態の機能スイッチをひとつづOFFにしている
“そうなんだ…” “そう言うことなんだ…” 
理解することはできた。
そして今すぐも数時間後も明日でも…
逝ってしまうかもしれない。
その様子を受け入れなければいけないと
頭や心に言い聞かせた。

それでもまさか…自宅に戻りたった2日で
逝ってしまうとは思いもしなかった。
一番会いたかったはずの長男を待たず…
それで良かったのか?

家に帰ることができ仲の良い友人知人が会いに来て
嬉しそうにしてるのを感じた。

お腹に打つインシュリンの注射は、練習したが
一度打っただけだった。
糖が脳にいかなければ重症低血糖で
昏睡状態となり意識は、もうろう…
だけど苦しんでは、いないと言う。

オムツ交換も数回しかできなかった。
本当にキレイに不要なものを排除して
身も心もスッキリしていった。
最後は、口腔ケアを望んだので口内の付着物を取ると
ホッとして眠りについた。
そして…呼吸が小さくなって
止まってしまった。

義母を看取ることができた。

在宅での見守り介護は、
介護サービス・訪問看護・リハビリなど
専門の方のサポートのおかげ。
夫の支えと義姉との連携が良かったのだ。

私は、義母から何を学んだのか?
学ぶには、遅かった…接する時間が短過ぎた。
年老いた義母と充分な意思の疎通を図ることは、
できなかった。

私が義母に介護するために関わったのは1年余り…
長丁場を想定し出来る限りを尽くそうと思った。

いろいろな想いが馳せる…
人に向ける笑顔がその人と成りを教えてくれた。

掛ける言葉は
「ありがとうございました」

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