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女湯

面白みがなくて、まじめくさくて、学生のころはさっぱり胸に響かなかった石垣りんの詩が、三十路半ばを過ぎて、すっとしみこむように体に入ってくるようになった。

最近中公文庫から出たエッセイ集「朝のあかり」を買って読んでみたところ、とても良かった。

女が正社員として働き続けるのは令和の世になっても大変だ。

読み進めながら、彼女が働いていた丸の内でお茶してみたかったな、というか今からタイムスリップして話を聞いてほしいなと感じた。

帰省したおり、実家に石垣りんの詩集があったことを思い出し、父に探してもらって借りてみた。「女湯」という詩が心に残った。

思潮社 石垣りん詩集(1971年第一刷、1981年第十三刷、31ページ)

おばちゃんの裸体からボッティチェリの描いたヴィーナス誕生を連想するなんてすごい感性だ。

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たかだか二五円位の石鹸がかもす白い泡
新しい年にむかって泡の中からヴィナスが生まれる

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過去と未来の二枚貝のあいだから
片手を前にあてて、

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どういうインプットをしたら、こうした感性を手に入れられるのだろう。

札幌、思っていたより寒い。どこのお風呂に行こうかな。




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