女湯
面白みがなくて、まじめくさくて、学生のころはさっぱり胸に響かなかった石垣りんの詩が、三十路半ばを過ぎて、すっとしみこむように体に入ってくるようになった。
最近中公文庫から出たエッセイ集「朝のあかり」を買って読んでみたところ、とても良かった。
女が正社員として働き続けるのは令和の世になっても大変だ。
読み進めながら、彼女が働いていた丸の内でお茶してみたかったな、というか今からタイムスリップして話を聞いてほしいなと感じた。
帰省したおり、実家に石垣りんの詩集があったことを思い出し、父に探してもらって借りてみた。「女湯」という詩が心に残った。
おばちゃんの裸体からボッティチェリの描いたヴィーナス誕生を連想するなんてすごい感性だ。
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たかだか二五円位の石鹸がかもす白い泡
新しい年にむかって泡の中からヴィナスが生まれる
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過去と未来の二枚貝のあいだから
片手を前にあてて、
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どういうインプットをしたら、こうした感性を手に入れられるのだろう。
札幌、思っていたより寒い。どこのお風呂に行こうかな。