とんきで再起
我ながら仕事で素晴らしい業績をおさめた。
社内外から賞賛の嵐だった。
いえいっ!!!
社内表彰されることになった。
ところが・・・。
今は運動会で児童が手をつないでゴールテープを切る時代だ。他部署も含めて皆で「連携して」頑張ったことになり、賞金は山分けされることになった。
仕方ない。そういう時代だから。
だが、他の社員に比べて体力がない我が身を鑑みて、自分の強みである企画力やコツコツ紡いできた人脈を生かして、この2年弱、独り頑張ってきたという自負があったので、上層部の判断には心底失望した。
みんな平等、という判断は今風で、優しいようでいるけれど、誰かを傷つける側面もあるのね。別に私一人の手柄にしたかった訳じゃ無いけど。くっだらない。やっぱもう辞めようかな、この仕事。
モヤついた気持ちを抱えたまま週末に突入。区民プールで泳いだ帰り、まちをぶらついていた時に、のれんに書かれた「とんかつ」の文字が目に入った。
登別に住む知り合いが教えてくれた目黒のとんかつ屋「とんき」ではないか。ちょっと早いけど、入ってみるか。日曜の午後4時45分ごろにガララと扉を開いた。
カウンターを取り囲むように並べられた壁側の椅子にずらり待機する客に気おされた。まだ4時台なのに?
困惑していると、古稀前後と思しき男性が射抜くような、ぎょろりとした目で「先に注文を」と言う。2300円のロースカツ定食を頼む。
店のつくりは、まるで舞台のようで、カウンターから厨房をぐるりと見渡せる構造になっている。
豚肉に衣をつけ、揚げ、切り、先にキャベツが盛り付けられた皿に運ばれるまで、一連の動きを客は待ちながら見ることができる。
いそいそと急がしそうに手を動かす男たち、女たち。一心不乱で、でも時折笑顔も浮かぶ。
何ここ。すごい。そんな構造に感動していると、次なる驚きが訪れた。先ほど注文を受けた男性が、客一人一人の顔を覚えていて、客が来店順では無く壁側の椅子にランダムに座る中、来店順通り案内しているのだ。
人の顔を覚えるのが苦手で、名刺に似顔絵を書いたふせんを貼っている私からすると、驚異の神業である。
「お一人様、ここ」「お二人様、ここ」と、客にばしっと正対し、カウンターの席につくよう促す。整然と、交通整理のよう。手の指の先まで、この老舗で働く誇りが満ちているように見えた。
私の番が来た。思わず「はい」とでかめに返事をする。カウンターからは、更にとんかつ作りの工程がよく見えた。よく磨かれて、余計なものが一切無い清潔な厨房だ。
とんかつは、もちろんおいしかった。屠殺された豚を思った。ここまで丁寧に扱われたら、豚も本望だろう。
とんかつを揚げる人、サクサクと切る人、キャベツを千切りする人、注文を受ける人。それぞれが、てきぱきと働いていた。
くだらないことでふて腐れていた自分がとても小さく思えた。
とんきで再起だ。
くだらないことが頭に浮かぶぐらいに、心が軽くなっていた。