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狐の葡萄 [短編小説]
森の中に、小さな狐がいた。名前はティム。ティムが森の中を歩いていると、木に蔦が巻き付いているのを見つけた。蔦を目で辿るようにして見上げると、葉っぱの影に小さな葡萄があった。この森の辺りは雨が少ないから、きちんと実を付ける葡萄の木は少ない。だけど、そんな環境で育った葡萄は、糖分をしっかり蓄えてるのか甘いのが多いのだ。
ティムは、つい葡萄に手を伸ばす。つい、といっても何も悪いことではない。自然に生えている葡萄なのだから、早い者勝ちでいいし、分け合いたければ分ければいい。それが森のルールだ。
背伸びしても、ジャンプしてみても、ティムの手は葡萄には届かなかった。
台か何があれば――そう思いかけて、ティムはやっぱり諦めることにした。
次の日、まだ葡萄はそこにあった。
だけど、暑さで葉っぱに元気がなくなっているように見えた。ティムはしばらく考えて、川に水を汲みに行った。そして、蔦の根元にかけてやった。
次の日も、なぜだかティムはあの葡萄のことが忘れられない。でも、1人だけでは取ることができない。
「そもそも、美味しい葡萄かわからないし」
ティムは自分にそう言い聞かせた。
次の日、ティムは本を夢中で読んだ。
あんまりにも熱心に読むものだから、通りすがりの狐がついついチラリと本を覗いてしまうくらいだった。
葡萄についての本と、魔法についての本だった。「酸っぱい葡萄の見分け方」や、「葡萄を酸っぱく変える魔法」という文字を見て訝しむ。知ってどうするんだろう?
その次の日も、ティムはやっぱり、取るわけでもない葡萄の元へ向かってしまう。
蔦を辿るようにして見上げると、葡萄はもうそこにはなかった。無い、と思っても何度もキョロキョロ探してしまう。本当はあんなに欲しかった葡萄なのだから。
そこに、ティムと同じくらいの歳の狐たちが歩いてくる。そのうちの1匹の手には籠が。そしてその中には、あの葡萄が。
ティムは籠にちらりと目をやり、ハッとする。だが、気付かれないように知らんぷりをする。
「やぁ、こんな所で何してるの?」
籠を持った狐が話しかける。
「いや…ただぶらぶら歩ってただけだよ」
少し歯切れの悪い返事をする。
「ふぅん、そっか。あ、これ食べる?」
ティムの前に、籠が差し出された。
「カーターおじさんに梯子を借りて、取ってきたんだ。1つしかないから、おじさんにお礼で渡した残りを、みんなで少しずつ食べてるんだ。」
「…」
ティムは迷った。酸っぱいはずだと自分に言い聞かせてまで、諦めた葡萄だった。本当は食べてみたくてたまらなかった葡萄だ。
自分が誰よりも早く見つけた葡萄だ。
こっそり水をあげたりもしていた葡萄だ。
本当は、他の人に声を掛ければ取れる事は分かっていた。そうして仕舞えば良いことも。
「いや、良いよ。みんなで食べなよ。…実はもうおやつを食べて、腹ごなしに歩いてたんだ」
咄嗟に取り繕ってしまう。
「そっか。」
そう言いながら、籠を差し出してくれた狐の目が僅かに輝いたのを、ティムは見逃さなかった。
狐たちは各々帰って行った。
ティムの足は、なんとなくまた、実をつけているわけでもない葡萄の木の元へ向かっていた。
「あの葡萄をもらって食べていたら、何か変わったのかなぁ」
実のない葡萄の木を見上げながら、小さくつぶやく。
「そう言うくらいなら貰えばよかったのに」
その声に、ティムはびっくりして振り返る。
聞かれていると思わなくて、思わず赤面してしまう。
「…今はそんな、欲しいってわけじゃなかったんだよ」
「でも食べてみたかったんじゃないの?水もあげて、様子もよく見に来て、しまいには酸っぱい葡萄かどうか調べてたらしいじゃん」
「…」
俯いて黙り込んでしまう。なんでそこまで知ってるんだ。森の住民達は思ったよりも他の住民のことを見ていて、様子もよく知っているらしい。
しばらくしてやっと、言葉を絞り出す。
「…確実に酸っぱい葡萄だってわかれば、それか僕が酸っぱい葡萄にしてしまうことが出来れば、諦められると思ったんだ。」
我ながら情けない言い訳だ、とティムは思った。
「そうするほど気になってたんでしょ?」
その狐は、笑いながら葡萄を一粒差し出す。
「…」
もう食べられないと思っていた葡萄を差し出されて、少し面食らう。そしてまた、躊躇ってしまう。あれだけ必死に諦めようとした葡萄だ。
「いいから、ほら!すご〜く甘いよぉ?」
ニヤリと笑って、その狐は言う。
ティムは葡萄に手を伸ばす。
ティムが葡萄を掴もうとしたのを見て、その狐は満足げにまたニヤリと笑う。
「ほらほら、食べて!」
ティムは葡萄を口に運ぶ。
そして思わず、顔をギュッと顰める。
「どう?どう?」
その狐は、満足げな表情で感想を急かす。
「酸っぱい。…かなり。」
その狐は、してやったりと言わんばかりの満足げな顔で笑う。
「でも美味しいでしょ?元気が出そうな味じゃん」
確かに、その通りだった。
酸っぱかったけれど、厳しい環境を耐えてきただけあって、とても香り高く、味の濃い葡萄だった。
「…酸っぱいって分かってて勧めたの?」
少し恨めしそうにティムは尋ねる。
「そうだよ。」
その狐は平然と答える。
「でも、食べてみたかったんでしょ?」
…それはそうだけど。
「それに、酸っぱかったからって不味かったわけじゃないじゃん。」
…それもそう。というか、美味しかった。
「食べて後悔はしてないでしょ。」
…してない。
「食べられてよかったでしょ?僕に感謝しなきゃ」
ニヤリと笑って、狐は言う。
「…ありがとう。美味しかった」
その狐は、満足げな満面の笑みを浮かべた。
あとがき
最後までお読みいただきありがとうございました。
イソップ童話の狐と葡萄に着想を得て、もし続きがあったら、、と想像して(かなり願望を混ぜて)書きました。
主人公のティムには、自分の性格を重ねています。酸っぱいかわからない葡萄を、食べる前から酸っぱいと決めつけて、なんなら食べない理由を作るために酸っぱくすることに必死になってしまうこともあるので、反省しないとなあ、と思っています。
自分と重ねていることもあり、当初は都合よくハッピーエンドにするのが嫌で、葡萄を断ったティムがつぶやく場面で終わりにしちゃおうかと思っていました。だけどそれだとイソップ童話と変わらないし、「食べてみたい」と思った自分の腕を強引なくらいに引っ張ってくれる存在がいたらいいのかも?とこの展開に落ち着きました。
TMI:
登場する狐達の名前の由来はすごく単純で、少し気が弱くて臆病(timid)なところのあるティム、大工(carpenter)のカーターおじさん、、という感じです。後半に登場する狐は名前を付けませんでしたが、もしつけるならにやにや笑う(grin)のでグリニーかなぁ、と思ってます。
画像は生成AIで作成しました。