小説『ヴァルキーザ』 31章(3)
燃えさかる幾つもの炎の柱が垂直に立ち、辺りに火の粉を振りまいている。城内の迷路のような通路のあちこちから昇るその轟々たる火柱を避けて通りながら、グラファーンたちは「時の城」ゼーレスの内部をさらに進んでゆく。
行く手の先に、妖しく流れる様々な色をした光の帯が、虚ろな闇の中でぼやけている。ここはさらに隷従の感覚を呼び起こさせる場所だ。
城の主は、どのような心で冒険者たちを待ち構えているだろうか。
グラファーンは額に浮かび出る汗の玉を手でぬぐいながら、少し、また少し前進する。
そしてグラファーンたちは、行く手に待ち受ける悪の軍団、道を阻む怪物たちを、ことごとく退けていった。
グラファーンたちはもはや、無敵の勇者となっていた。
デスナイト共も、スペクター共も、ついにはドラゴン共も、グラファーンたちの進攻を遮ることはできなくなっていた。
道中にいる、城内の守備に配された怪物たちをみな斥け、冒険者たちはさらに、前途をこじ開くように、城主のもとへ進んでゆく。
そして、ふと、目の前に何かが現れた。
奇妙なオブジェに見える。
「 何だ、これは」
冒険者たちから声がもれる。
よく見ると、それは柱状の、人間ほどの大きさの水晶だった。
クリスタルの柱は中に何かを包んでいるようだった。
「アン!」
グラファーンが駆け寄る。
柱の中にいたのは、長く麗しい黒髪を腰まで垂らし、神聖な白色の神官の衣装を身にまとった、若く美しい女性だった。
彼女は、古王国アルナディアの女神官、アンだった。
アンは眠りについているかのように、瞼を閉じていた。
グラファーンは一瞬ためらった後、アンの胸元に向けて、自分の左手の手のひらを差し出した。
グラファーンの手は、水の中を透けて通るようにクリスタルに沈み、柱の中を貫いて伸びる。
その手がアンの身体に触れると、封印が解け、たちまち水晶の柱は粉々になって飛び散り、アンは魔法の封印から解き放たれた。
グラファーンはついに、アンを救い出した!
「アン、無事ですか!」
グラファーンは、倒れそうになるアンを腕に抱きかかえ、話しかける。
意識を取り戻し目覚めたアンは、その問いにかすかに喜びをたたえた笑顔で応える。
他の冒険者たちが先へ進み、二人だけになると、アンはグラファーンに、手に携えていた一冊の小さな本を差し出した。
「グラファーン、これを受け取って下さい」
それは、「時の法典」だった。
時の法典は、黒い装丁の本で、表紙の中央に、銀色の月を表象化した紋章が刻印されている。