骨粗鬆症のマッチョ
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戦争で化石燃料の不安定性露見が加速したことはある意味予想外でしたが、化石燃料の高騰と供給能力減少は実際15年ほど前には2030年代後半には起こるものだと認知されていました。
それがメルケルが首相就任すぐにリフキンを招いて「エネルギー転換→インダストリー4.0」をまとめた背景にあるのですが、いかんせんロシアの安価な化石燃料によって強化を図る産業界の支持はなかなか得られませんでした。
産業構造転換は、肉体改造であり、頭(学術)でわかっても体(産業)とやる気(世論)がなかなかついてこない難しいもの。
とはいえ、その方法論は実は明確で、体幹(インフラ)と血液(デジタル)を強化することから始めるべきで、食生活(エネルギー)を変え、体幹を鍛え(インフラ投資)、血液をサラサラにする(デジタル化)。
よいもの(再エネ電力)が安く手に入る時には少し贅沢と蓄えをし、手に入らないか高いときには贅沢を控える(柔軟な製造業)。
毎日の基礎代謝(ベースロード)を高めで維持するためにプロテインや栄養サプリ(化石燃料や原子力を用いるベースロード電源)で強化することも極力抑え、お通じもきれいにする(放射性廃棄物を極力作らない)。
こうした「しなやかな製造業と社会」がインダストリー4.0の完成形としてあります。
しかし、では新しい産業構造で何を作るか?の議論は割りと疎かにされてきた気もします。
1つはドイツが重工業をベースにした国だと自己認識してきたことがあるでしょう。もう1つは今後も今の豊かさの定義を維持したい、これまでの成功モデルを崩せないという社会的な要請があると思います。
しかし、そうした事情は国外で起こっている変革で崩れつつあります。
インダストリー4.0では、体が健康なら自然と本来人間が持つ創造性(クリエイティブ産業)が育つと思ってはいるものの、ではクリエイティブに重工業を続けるべきかと言われれば、そうでもない気もしてきた。クリエイティブの先には体だけでなく、環境にも負荷をかけないリジェネラティブな社会が来るべきという話につながっていき、新しい産業構造の1つの回答として考えられているのがサーキュラーエコノミーです。インダストリー4.0をまとめたAcatechがサーキュラーエコノミーロードマップを作成したのも、これらは地続きだからです。
サーキュラーエコノミーはインダストリー4.0で何を作るか?への1つの回答で、これらが出揃うと、産業構造の転換の1つの形が実現するでしょう。
そうした遠い(ひょっとすると永久に来ない)将来にドイツが世界に提供すべきものは、体幹と血液を改善する技術=デジタルインフラ再エネ産業と、生活習慣病(大量・短時間消費・使い捨て社会)を改善し、コンパクトな生活を豊かにする産業(エコなコンテンツ産業やサービス業)であり、場合によっては重工業(特に自動車産業)は大幅に切り捨ててしまうことも必要です。
というようなものが、メルケルがリフキンとともに15年ほど前に描いたドイツ社会ビジョンなんだろうと思います。わかりやすい動画はこちら。
とはいえ、これは人間に例えると別人になる話なので、初手のエネルギー転換から過剰な理想型であり、イデオロギーであるという批判を受けてきました。
頭で壮大な改造計画を作っても体は肉体改造を拒否する中、メルケル政権は大事で地味な体幹と血液を強化することを放棄し、食生活改善も途中で投げ出し、TikTokでイケてる加工動画を作ることに一生懸命になってしまった。
それによってドイツは一見ムキムキの骨粗鬆症なマッチョとなってしまったような気がします。でも筋肉も見せかけかなので、いざとなれば弱かった。サプリ(ガス)が切れた途端に筋断裂で悲鳴をあげている状況です。
しかも、こうした状況は「明日(次期政権)から頑張る!明日こそ本気出す!うちはやればできる子!」というメルケル政権から政権を引き取った左右連合により、さらに混乱しています。
今は頭と体をつなぐ神経である政府が、右に行くのか左に行くのか定まった信号を送ることができなくなっていて、詰まりを起こしている状況です。そしてそれは深刻なうつ病を発症してしまっています。
そして筋断裂でヘロヘロな体調を回復する策として、筋肉増強剤でハルク化を標榜する右派(極右)政党が人気になっています。
中道右派もどちらかといえば、強いお父さん像を求めています。それは、無骨にガンガンと攻め続け、最後には勝っているドイツサッカーゲルマン魂を体現するんだというドイツ人の根本欲求なのかもしれません。
私は頭でっかちな文系なので、そこまで筋肉は欲しくないし、急激な体調の変化(気候変動)を考えると今は痩せ過ぎくらいがいいのかもしれないと考えるタイプですが、もちろんジムでガンガン鍛えるぜ!という人がいるのも理解はしますし(個人的には持続可能ではないと強く疑っていますが)、夜更かしはやめられないし、なんなら体幹トレもすぐサボるしで、理想の体に近づくには道半ばどころか、スタートラインにすら立っていない自分の情けなさも知っています。
ざっくり言えばドイツの「エネルギー転換+インダストリー4.0支持者」は代謝をヘルシーな食糧事情に合わせられる新人類を目指してきたのですが、あまりに急に食糧事情(ガス高騰と再エネ成長鈍化)が悪化したため、もともと無理のあった新人類への覚醒は諦め、サプリをとって筋肉を鍛え直し、(化石燃料と原子力を2045年を超えて使い続けつつ、重工業は重要な収益源なので維持する)アイアンマンになるべきという方向の議論が勢いを増しています。
大事なのは、新人類派もアイアンマン派も、どちらか1つが正解であるという考えをやめ、相手の言うことは単なるイデオロギーと非難し合うのをやめることです。去年も今年もドイツは「おまえはイデオロギーだ」と非難しあうことにリソースを割きすぎています。
もちろん、最終的には両方のいいとこ取りは相当に難しいと言わざるを得ず、どちらかに軸足をおく必要はあるでしょうし、今その先鞭をつけることは必要ですが、感情的な議論、特に相手の言うことはイデオロギーとか空想・夢想と決めつけることはやめるべきでしょう。
ドイツのエネルギー危機は少なくともグリーン政策の行き過ぎと、化石燃料とベースロード電源維持政策のやり過ぎの両方の組み合わせの結果でもあります。
骨粗鬆症のマッチョ対策として、体幹と血液の改善を行うことだけは考え方に関係なく一致しているわけですから、まずはそこでの考えの違いを埋めることに注力すべきです。
1つは交通インフラ整備(個人的には自動車をやめて、自動運転を含む公共交通と自転車への投資を強化する方向で)、2つ目はデータの使い勝手と安全性の向上についての意見のギャップを埋めることが産業構造転換にとって急がば回れの道だと思います。
最悪なのは前政権のように、両側から批判されるから何もせず、骨粗鬆症マッチョ状態を維持することです。これでは早死への階段を転がり落ちるだけです。
最後に、私は「エネルギー転換+インダストリー4.0+サーキュラーエコノミー」を産業構造転換の1つの答えと感じる新人類支持派になるのでしょうが、アイアンマンに魅力を感じる人を理解はします。さて、ドイツはどちらを選ぶのでしょうか?