ハベックの判断はやはりイデオロギーだった?
ハベックによるドイツの脱原発の判断が正しかったのかについて、現在特別調査委員会が設置されており、12万ページに及ぶ文書を精査中のようです。これはCDU・CSUが要請して設置されたもので、一部の文書がBILDにリークされたようです。
この記事はメールを1つ引用し、経済大臣と国務大臣が脱原発の是非について「結論ありきではない評価」を約束したにも関わらず、実際はイデオロギーに染まった意思決定をしたと主張しています。22年3月1日のメールで、「大臣室と国務大臣は3月4日までに、以下の点のメモをまとめるように求めています。」
①原発の継続運転について掲載、政治的評価を行うこと
②特に原発3基がなくても供給安定性を確保できる方法を示すこと。
これについてCDUのドブリントはBILDに対して、「経済省に対して緑のイデオロギーが要求された、最も深刻なエネルギー危機の最中に国民が嘘をつかれた」と述べています。
ハベックの広報はこれが国務大臣のオフィスから出たものだった(ハベックはメールの存在を知らない)。結論ありきではない検討をしたと主張しています。さらに原発事業者からは当時すでに運転延長に批判的な評価を受け取っていたとしています。
もし国務大臣に責任を押し付けるのであれば、それはどうかと思います。国務大臣はすでに別件(お友達人事)で解任されていますが、二人の尋問はありそうです。
色々な論点があり、この記事の主張については肯定も否定もしませんが、いくつかの論点を整理する必要はあると思います。
①選挙で選ばれた大臣が自らの政党(と支持者)の意見を政策に反映することは普通ではないか?
②それが国家を揺るがす危機の時でも通用するか?
③実際の評価はどう行われたか?
平常時であれば、選挙で勝った政党の色が政策に反映されることはむしろ当然のことです。国務大臣もエネルギー危機前の21年にはそれを期待して任命されています。
今回は歴史に残る危機時においてあるべき意思決定の方法が問われており、非常に難しい課題だと思います。
22年3月7日に経済省と環境省は連名で稼働延長検討結果を公表しています。これが件のメールで「歪められた」結論が書かれたものです。
今読み直すと、経済性とリスク分散は大きく間違ってはいないものの確かに拙速すぎる気もします。とはいえ原発延長の法的難しさなども読むとイデオロギーに染まった嘘とも言えない気もします。
時系列が前後しますが、ハベックは2月27日にメディアで、ガス(→LNG)と石炭の確保で電力と熱エネルギーを確保することを中心策とすることを述べています(原発はドイツでは熱供給には殆ど使われていない)。この時点でストレッチ運転の可能性をハベックは考慮していなかった可能性は高い。彼の思想が見えるでしょう。
結論から言うとハベックは原発を停止させようと、延長に必要な法改正および超法規的措置の発動にかなり消極的でした。22年秋ごろには原発を予備力にするとさえ述べています。
他方で、経済省の依頼で4つのTSOは5月と9月に安定供給に関する報告を公表し、原発の延長が強く推奨していました(翻訳は9月の報告から)。
ハベックはストレッチ運転以外のTSO提案は早い段階で着手していましたが、結局ショルツが23年4月までの原発のストレッチ運転を決めるかたちで決着しました。ただし水素を含む再エネの積極活用は債務ブレーキでいくつかの対策が実現の見通しが立っていません。
今回の記事については、この1通のメールだけで結論を出すのは早いだろうと思います。12万ページある証拠から1つのメールだけで結論を出すのは無理があるし、ドブリントを含むCDUのほうにも「緑のイデオロギーが判断を誤らせた」という結論ありきではないかという批判もあります。
CICEROに端を発するこれまでのやり取りは、少なくとも私には、ハベックに政治的志向性があったとは思いますが、イデオロギーに染まっており嘘をついて誤った判断を正当化したと言いきれるほどの材料ではないと思います。ただし今後の証拠次第ではやはり誤っていたとなる可能性もあります。
個人的には彼の政策の評価は原発の1点のみだけでなく、彼がイデオロギーを曲げて妥協した他の政策も含めて行うべきものだと思います。ハベックは早い段階で、電力危機ではなく、(電力・熱・交通を包括したエネルギーと肥料などの原料としての)ガス危機として対策を考えていました。またハベックからすると債務ブレーキで彼の求めていた政策の多くが停止するというのは、当時予想できなかったことでしょう。彼の判断は、当時の彼が置かれていた状況を鑑みてトータルとしては危機的状況の中で合格点をつけられるものだと思います。
他方で、ハベックを含む緑の党と経済省には原発についてに数年延長のコストベネフィット分析はちゃんと公開してほしいとも思います。またハベックの暖房法におけるコミュニケーションなどの失敗は非常に深刻だったと言わざるを得ません。
結果的には、経済省、財務省、首相官邸を含む総合的なエネルギー政策は、レジリエントなエネルギー供給の確立に向けた基盤がためという点では失敗していると思います。これは緑のイデオロギーというより、ガバナンスの機能不全で、見方によってはイデオロギーの有無よりも遥かに深刻な問題です。時期政権はまずガバナンスの正常化に着手してほしいものです。
最後に、一連の報道や議論で忘れられがちな大事な点は、経済、社会的に原発延長をすべきだったかについては、実は判断できるほどの材料はいまだ出揃っていないということです。イデオロギー重視で誤った判断をしたという批判の正当性を判断するには、内部メールの文言を指摘するだけでなく、原発延長こそが正しかったという証拠が必要ですが、後者についてはほとんど判断材料がありません(逆に23年4月の原発停止が正しかったといえる判断材料もない)。
現時点では、原発延長の是非については緑もCDUも自らのイデオロギーを主張しているだけで、まともな議論になっていません。
判断材料が揃っていないために、私の考えもぶれていて、今は、ドイツよりもEUの観点から26年頃までの稼働延長を消極的支持という立場です。
ただし原発延長のベネフィットは純粋な経済性での正当化は難しく、どちらかといえばドイツとEUの政治的分断を避けるために必要で、その背景にはイデオロギーだけでぶつかりあう現在の政治とガバナンスの機能不全をまっさきに解決する必要があると考えるからです。