アンダルシアの旅ⅲ グラナダ
Granada
前夜にグラナダ入りして、町の入り口が門であるところから、この町の城塞都市としての華やかな歴史を早くも実感しつつ、ホステルに着く。ホステルに向かうまでの道は太い通りを脇にそれたあたりから急に狭くなり、人っ子一人どころか猫一匹通るのがせいぜいな道の角に、ホステルがあった。この細い道と丘に続く坂道、行き止まりの多さ…。まだ夜が始まったばかりであたりは見えないにもかかわらず、もう浮足立っているが、明日朝早く起きて散策をしようと早めに寝ることにした。
朝。日の出とともにアルハンブラ宮殿を拝もうと8時前に展望台へ出発。アルハンブラ宮殿が見えることで有名なサン二コラ展望台へ。
くねくねとした坂道を上がっていく。これが結構きつい。展望台へたどり着くまでもう一つの門をくぐり抜け、到着。この家並みのある小山全体はアルバイシンの丘と呼ばれ、アルハンブラ宮殿とともに世界遺産に登録されている。この町は城郭都市であったため、今もなお多くの城壁や門の名残を街中にとどめている。
さて、丘につき、昨晩スーパーで買ったオレンジを食べながら、明け方のアルハンブラ宮殿の姿を拝む。こちらの丘には家々が立ち並ぶのに、あちらの丘には宮殿がひっそり佇むだけ。在りし日には多くの召使や客人などでにぎわったであろう宮殿にその喧噪の影はなく、いつまでも息をひそめるように頓挫している。
友人と会うまでに時間があるので、カフェで朝ご飯がてらゆっくりしようかと、行き途中に見かけた「Casa Pasteles Albayzin」へ。早朝というものの、このカフェのある小さな広場はすでに地元の人が朝の挨拶をしにやってきて、すっかりにぎわっていた。カフェに入ると、皆コーヒー一杯で店の人や常連とちょっと立ち話をしてじゃあ、という感じで立ち去っていく。こうした人々の生活のなかにふとまぎれて、その生活にいるふりをするのは楽しい。これは旅人の醍醐味である。
奥の方ではカウンターでなく、テーブル席もあり、そこでスペインのどこのカフェに行っても見かけるトーストにチーズトマトソースの乗った朝ご飯の定番(?)をほおばる家族や恋人らしき姿もちらほら。人はひっきりなしにやってくる。
道中で買ったポストカードに宛名を書きながら時間をつぶしていると、友達と合流する時間になったので、その場を後にした。Adios!
ちなみになにかを頼みたいときは、(物の名前), per favore[ペルファボーレ]、というと大体通じます。英語のplease、フランス語のs'il vous plaîtと一緒。
さて、意気揚々とアルハンブラ宮殿に向かう前に、町を散策したり教会をめぐっていたり、郵便局を探していたり(ちなみに閉まっていた)していたらあっという間に12時になってしまったので、先にお昼にすることに。一人旅をするときに諦めがちな、一皿から、がない料理、つまりここではパエリアにありつくことにした。場所は、相変わらずアルバイシンの丘。
欧州を旅していると1人旅行客がレストランで食事しているのを見かけることはほぼない。レストラン=二人以上という暗黙の了解がある気がする(とはいえ、私は断られない限りちょくちょく利用しているが)。今回友人に会えるということになり、何より嬉しかったのは食を堪能できること!人が増えるほどいろんなものを試せるのも嬉しい。
そしてこのパエリアは期待を裏切らなかった。旅行中は外れたくない美味しいご飯を食べたいが、Googleマップの評価は日本に比べあまり役に立たない欧州では(日本との差に驚く、日本の評価が辛すぎる)、一軒入るのにも味の点で勇気がいる。ちょっとしたアルバイシンの丘のさびれた広場にちょこんとあったお店で、賑やかな場からは離れていたのでおっかなびっくりで入って行ったが、しっかりと魚介類のうまみが凝縮した汁気たっぷりのパエリアで、大満足だった。余談だが、東南アジアのタイ米などよりイタリアやスペインの米のほうが粒が大きくて甘みがある点で日本の米と似ている気がするのだがどうだろう。
腹ごしらえをしたところで、この度一番楽しみにしていた、と言っても過言ではない、アルハンブラ宮殿へ向かう。アルハンブラのある丘に上がりながら右手を見ると長く前方まで続く崩れかけた壁の土色から、古い記憶が風と共に香ってくるようだ。ようやく入り口につき、アルハンブラのナスル朝宮殿を目指す。広大な敷地の一番奥、後ろを振り返れば緩やかな崖となる、一番侵入しにくいだろう場所に、その宮殿は立っていた。丘を登っている最中はただ黄土色の簡素な壁しか見えなかった宮殿のその入り口も至って素朴で派手な装飾もなにもなく、拍子抜けした。長い列に並びようやく宮殿のなかに静かに入っていく。
アルハンブラ宮殿は、死ぬほど旅行記があるので私が紹介するまでもないと思うため、詳細は割愛する。一つ読んどけばよかったのはアーヴィング「アルハンブラ物語」。存在は知ってたもののなんとなく敬遠して読んでいなかった。帰国後に読んだ。そして後悔した。いつものこと。
彼の時代のアルハンブラは、隔絶された幻想世界で、様々に残る逸話が息づくような、人気のない寂れた古城だった。今やその面影はないが、もしわたしが読んだ後に訪れたなら、ひとつひとつ部屋に入るたびに、アーヴィングの時代と、繁栄の時期を行き来しつつの記憶を思い起こすことができただろう。
しかしこの時のわたしは読んでもいなかったので、アルハンブラの美しさに息を呑むよりも、アルハンブラの崖下に広がる荒山と街を長め、自分の孤独を思い嘆いていた。友人を隣にして。友人には怒られた。
宮殿内部を眺めるより、外のグラナダの街を眺める方が長かった滞在時間だった。そして下山。お腹が空いていた。いや、心が空きっ腹だった。何か、甘いものが食べたかった。
「チュロを食べに行こうゼ」
川沿いを歩きながら心の寂しさについてくどくど述べる私を見かね、友人が誘ってくれたのはスペインといえば、のアレ。途端に糖分欠乏症に陥ったわたしは嬉々として一緒に繰り出した。
揚げ物、感の強いさっくりしたチュロを、見た目よりあっさりしたチョコレートドリンクに浸して食べる。チュロそのものというより、この何やら手間で伝統的なローカルフードをグラナダで食べるという行為においしさを感じる。孤独で窄まっていた心の角が取れていく。いつのまにか、暗くなってきて、繁華街の明かりが賑やかに映る時間になっている。
スペインの夜は陽気だ。外にまではみ出る店、人間たちの姿が賑やかで、いろんな言語の飛び交う観光地はなおさらだ。グラナダは小道が多く、車も入ってこないので、人間だけの騒がしさで街が鼓動するようで、親しみやすい古さを感じる。雨が降ってきて、皆がレストランに逃げ込む。私たちはクスクスを食べながら、グラナダに根強いアラビアの風を改めて感じたのであった。
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