技術解説:季節が君だけを変える MV
FUJIFILM の美しさとは?バブル絶頂の 1987 年の東京のリアルな “空気感” を記録した、BOØWY の名曲『季節が君だけを変える』MV の技術解説を通して、16mm フィルムで撮るポートレート撮影の技術などを紹介していきます。
1. 30年後も色褪せない映像表現
本作は、1980 年代の日本で人気を博したロックバンド BOØWY が解散宣言をした、1987 年に発売された楽曲『季節が君だけを変える』の MV 作品となります。HD 放送が開始する 2003 年以前の作品ということで、アスペクト比は 4:3 となっています。
歌詞の内容は、バンドの解散と重ね合わせるように、別れをテーマにしたものとなっており、映像の冒頭に “for The Most Beautiful Teens” とある通り、バブル絶頂期の 1987 年当時の若者に対するメッセージが込められた作品となっています。
また特筆すべき点として、映像に登場する出演者が役者ではなく、バンドのファンクラブを通じて募集された 一般人 がキャスティングされている、という点が挙げられます。
思わず見入ってしまう、その映像表現のギミックとしては、ただひたすら ズームアウト の動きをくり返しながら、若者のポートレート映像をクロスディゾルブでつなぎ合わせていくという、雑味のないシンプルな演出が、30 年以上も色褪せない普遍的な表現になっている感じがあります。
またファッション、カルチャーなど 1987 年当時の東京の “空気感” が、リアルに記録されているという意味では、ドキュメンタリー映像 としての価値も高く、時代の変化とともに陳腐化する作品もたくさんある中で、本作は時が経てば経つほど味わいが増していくという、珍しい映像作品となっています。
以降、この記事では、1987 年当時の時代背景をもとに、16mm フィルムで撮るポートレート撮影の技術を紹介していきます。
2. FUJIFILM 16mm フィルムの美しさ?
ポートレート映像の連続である本作は、一般人をどれだけ魅力的に描けるかが重要なポイントになっているといえますが、特に印象的なのが スキントーン の美しさです。
Behind the Scenes 映像がないため、その撮影環境は完成映像から読み解くことになりますが、本作は 16mm フィルム で撮影されており、それが美しいスキントーンを表現する上での大きな要素になっている、と考えられます。35mm フィルムを使用している可能性もありますが、路上でゲリラ撮影をする上での機材のコンパクトさ、MV 撮影の制作費などを考慮すると、その可能性は低いといえます。
また映像がデジタルではなく、フィルムで撮影されたことを裏付ける証拠となるのが、パラゴミ といわれるフィルムをスキャンした際に発生する、フィルムに付着したほこりの影が映り込んでいる、という点です。
映画用のフィルム撮影では、ネガフィルムで撮影された映像をカラーグレーディングする際に、ネガポジ反転 することで色を標準化しますが、フィルムに記録される白(透明部分)は黒く、黒は白く反転するため、フィルムに付着したほこりの黒い影は、白いパラゴミとして記録されることになります。
すこし話は逸れてしまいましたが、続いて、本作で使われている フィルムタイプ について、考察をしてみたいと思います。
フィルムタイプに関しては、映画用の 16mm フィルムといえば、1987 年当時は KODAK、FUJIFILM という 2 種類の選択肢ありましたが、ローコントラストで、日本人の肌がなめらかな質感で描かれているという点を考えると、本作では、FUJIFILM の製品が使われていると推測されます。
FUJIFILM の映画用フィルムは、色温度 3200 K° の光源を基準とする、タングステンタイプ のフィルムを中心に展開されています。
その代表的な製品としては、ETERNA シリーズが有名ですが、その他にもあざやかな発色の ETERNA Vivid、第 4 の感色層により、蛍光灯の下でも自然な発色が得られる REALA 500D などがありました。1987 年当時は、A(エース)という製品が流通していたようですが、本作では A250、AX500 あたりのフィルムが使われていたと考えられます。
FUJIFILM の技術者によると、FUJIFILM のルックの特徴としては、青・緑・肌色など “記憶色” の心地よい見え方を重視している。とりわけ、日本人の肌に関しては、健康的に見えるよう ピンキーな発色 で、なめらかなグラデーションになるよう設計しているという話ですが、本作は画質はかなり劣化しているものの、そうした特性が活かされたルックになっているように見えます。
さらに本作では、映像のコントラストをやわらげるために、減感現像 をしている可能性もあります。減感現像は、使用するフィルムの感度より、低い感度を想定した 露出指標(Exposure Index)で撮影することでイメージの質感を変える、フィルム撮影の定番メソッドとなります。
たとえば、感度が EI 500 のフィルム撮影で、適正露出が F4 だった場合は、EI 250 の感度で撮影していると仮定して、レンズの絞りを F2.8 にして 1 STOP 明るい状態で撮影する、という手法です。
明るく撮影したイメージを適正な露出に戻すためには、フィルムの現像時間を短くして、フィルムの反応を減らす必要がありますが、それによりフィルムの粒子感が抑えられた、ローコントラストなルックが得られます。こうした概念は、現在でも Sony のシネマカメラで採用される Cine EI モードなどに応用されています。
残念ながら FUJIFILM は、2013 年に映画用フィルムの生産を終了しているため、現在では、映画用フィルムの流通は KODAK VISION3 シリーズのみとなっていますが、FUJIFILM のフィルムルックは、その後、LUT などのデジタルデータとして残り続けていくことになります。
FUJIFILM が開発した IS-mini という LUT BOX では、専用ソフト(IS-mini Manager)を利用することで、ETERNA、REALA、Vivid など FUJIFILM のネガフィルムの色調を再現した LUT を、リアルタイムで映像に適応することが可能となります。
その後、IS-mini の事業は TVLogic に譲渡され、管理ソフトも Wonder Look Pro に変更されていますが、今でもデジタルシネマの撮影現場を中心に利用され続けています。
また GFX、X シリーズなど FUJIFILM のミラーレス一眼では、カメラ内部で ETERNA のルックを再現する Film Simulation(プロファイル)が用意されていたり、後処理で ETERNA のルックを再現できる F-Log 用の LUT が提供されていたりします。
一方、DaVinci Resolve では Fimconvert Nitrate、Dehancer などの Film Print Emulation の機能で、FUJIFILM のルックを擬似的に再現することができますが、そこでポイントとなるのが、同じ FUJIFILM 製品でも写真用フィルムと映画用フィルムでは、その特性が大きく異なるという点です。
下の図は、FUJIFILM のカメラの Film Simulation 機能のプリセットとしてある、FUJIFILM 製品のルックの特性を分類したものになります。写真用フィルムの Provia を基準として、最もコントラストの高い位置に Velvia があるのに対して、映画用フィルムである ETERNA は最もコントラストが低く、彩度が低い位置にあります。
続いて、本作の映像を DaVinci Resolve に読み込んで、その特徴を分析してみたいと思います。
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