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過去の僕から届いた言葉⑨

じゃあ、またね。


春休みどうだったかって?
んー、部活強化月間って感じで、顧問の先生がひたすら県外の遠征入れてる。
県内でトップ目指すならやっぱり県外の相手としないと伸びないしね。
行ってみて僕も思った。
かなりのレベル差があるし、こんな人たちと渡り合えたらものすごく楽しいんじゃないかなって。
まだ技術はないにしろ、勝つ余裕もないにしろ、経験値アップって面では物凄く楽しい。
ゲームでのレベル上げみたいで楽しい。
ただ、ちょっと、うん、びっくりしたこともあったから少し部活から離れたいとも思っちゃってる。
そうだったその話したくて開いたのに、いつの間にか好きなこと語りになってたね。

単刀直入に言うね。
顧問の先生に、僕を音から守ってくれる道具をぶんどられた。
結果としては、悪意があったというんではなくて僕に対しての思いが強すぎてそういう行動をしてしまったっていう、僕を思っての行動らしいよ。
何があったか詳しく話すね。

ある試合で僕が5番手でシングルスが終わった後のこと。
いつものように試合後の全体の講評をするショートミーティングのようなものをしようとしていたんだ。
僕は、試合の時は卓球に集中できるからイヤホンは外してるんだけど、試合が終わった後はその集中も切れて音のフォーカスが崩れ、全部の音が入ってくる。
だから、すぐにイヤホンをつけないとパニックになる。
そのことを何よりも自覚しているからこそ、急いでポケットにあったイヤホンを付けようと解している途中だった。
けど、「海月、やめろ。それをおろせ?」
その作業を止められた。
相棒(部活内で一番頼りにしていた心強い仲間の一人)は目を丸くして驚いて顧問と僕を見る。
いったい何を言われたのかわからず僕は「あの、…っこれ、しないと…!」
「いいから、とまりなさい?話すぞ?いいな?」
僕は頭が真っ白になった。
心臓は早鐘を打つし、手は震えるし、行動や言動に濁りが生じてしまう。
イヤホンをしている理由も、状況も伝わっていたはず、なんでそんなことをいったのかがわからない。
何を考えてそれを言ったのかわからない。
この時の僕は周りの音のせいもあるとは思うけど、顧問の衝撃的な言動にショックを受け思考がうまく働いていなかった。
もちろんミーティングの内容も全く覚えていない。
その後は泣きまくって、オーダー用紙を考えても自分ではもっていかず副部長や相棒にお願いして持って行ってもらっていた。
試合が始まった後も対戦相手に申し訳ないくらいに号泣しながら試合をしていた。
1セットの中僕は呼吸が止まっていた気がする。
息をしていた記憶がないんだ。
試合の内容の記憶もない。
1セット終わるたびに泣き崩れてそれでも出なくてはいけなくて、それの繰り返しで何も覚えていない。
ただ台に向かって立つことだけしか頭になかった。
楽しいはずの卓球が、大好きなはずの卓球が、息をすることすら辛く、泣いてしまうほどに怖くなってしまった。
どう向き合えばいいのかわからなくなった僕は、放心状態で帰りまでの時間を過ごした。
相棒はさりげなく傍にいたり、好きに試合を見に行ったりと気を遣う様子を一切見せることなくいつも通りを装って過ごしてくれた。
その時は気が付けなかったけどこうやって思い出すとそうだったなって思いながら今書き出してる。
流石だよね。
それから帰るときまで僕は一切顧問と接触しないように過ごしてた。
けどそれを母が制した。
「このままじゃお互いによくないし、嫌でもなんでも、どうしてそんなことをしたのか聴きなさい。あの人と先生はやった中身の意味が違うよ。許さなくてもいいから」
そう顧問の先生の前で僕に声掛けをした。
嫌々、一定の距離を保ちながら聞くことを選んだ。
「負けたりしている状態で、海月にイヤホンに逃げるということをしてほしくなかった。負けたときにイヤホンを付けて安心感を得られることで逃げに繋がってしまうんじゃないかって思った。イヤホンを付けている意味を解っているようで解っていなかった。本当に申し訳なかった。」
そう言われても、重なってしまうのは確かだし、絶対的に大丈夫だと思っていた相手にされたことは裏切りに等しく、精神的にも不安定な僕には良い毒にしかならない。
「(だからなんだ。謝るのはエゴであって僕に許せと言っているようなものでしょう。選択肢をなくされている状態だけど何言えばいいの。)」
黙りこくる僕の手を握りながら、母は「ありがとう」と僕に言って、「それではまた学校で。今日は帰りますね」と後にした。
母は帰りの車の中で何度も言った。
「部活の顧問の先生は、あんたが思っているようなことをしたいと思ってしたんじゃない、絶対違うからね、したことは、海月にはものすごく酷いことだしあり得ないことだよ。けど、絶対にそこは違うから一緒にしちゃいけないからね。」
ひたすら母はそう言って僕に聴かせた。
それから学校が始まって、朝練ができるようになって、春休み明け僕もチームメイトと行ってたんだけど、ある時卓球ができなくなった。
いつものように朝練に行って、台の前に立って練習を始めたんだけど体が動かないんだ。
足も腕も、どう動かしていたのか、今までしてきたことが白紙にされた。
なんでなのかわからない。
いつも通りにやってるはずなのに。
又言われてしまう、早く動かなきゃ。

途端に怖くなって、卓球ができなくなった。
部活をさぼるようになって、早い時間に家に帰るようになった。

母は気が付いているけれど僕に特に聞くことなくいつも通りだ。
もう、卓球をすることが怖い。
やりたくない。
みたくない。
こわい。

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