過去の僕から届いた言葉⑦
「にこっと笑って母は僕を抱きしめてくれた」
「『さて、じゃあ、なにしようか』」
「そう言って母は明日以降の計画を立て始める」
「明日は平日だけどお仕事は休みらしいからどこかにお出かけしようって話らしいんだよね」
「はっきり言ってこれにもあまり乗り気ではないんだよね」
「だって音がうるさいんだもん」
「病院に行くのだってしんどかった」
「外に出るのなんて嫌だし、怖いし、行かなくていいなら引き籠っていたい」
「そう思いながら母の話を聴いていたんだけど、多分母は僕が言っても外に連れ出す勢いなんだと諦めちゃったので、とりあえず話を聴いてみる」
「は、聴いてよ、明日どこ行くって言ったと思う??」
「『明日、映画館行こう!!お母さんの友人が娘さんと一緒に見た映画が面白かったみたいで、おすすめされたの昨日~。』」
「『え。…うー、、ん。』」
「僕は興味のあったアニメ映画ではあったものの、映画館の音のうるささは今じゃ比じゃないくらいに襲ってくるんじゃないかと不安しかなかったから、返答に困った」
「母が僕のことを解っていないわけではないだろうし、あえての映画館なんじゃないかなと思ってもいる」
「長考してしまっている僕に対して母が」
「『音の大きさどのくらいかわかんないから怖いよね、イヤホン今してるやつと、プラスでこの間買ったイヤーマフして行ってみない?少しチャレンジしてみよう?このまま落ち着くまで一緒に引き籠ってもいいかなとは思ったんだけど、きっと海月は外に出ていくように次第に自分で動くはずだと母は信じてるのね。あなたは、人が好きだし周りに人が集まる人だから。だからこそ、今母と一緒に動いてみてほしいの。仮に映画館で耐えるような状態になってしまったらすぐ出よう。大丈夫。どうとでもできるからまずはやってみよう。何ができてできないのか”わからない”が一番怖いんだったら、”わかる”に一緒に変えていこう。』」
「そう言ってくれた」
「表情を影に落としてしまった僕をきっとまっすぐ見つめながら話してくれていたことは、音の反射と方向で僕には伝わっている」
「『…、っ、頑張って、…出てみる。映画少し気になる…。』」
「『じゃあ、明日は映画を見に行ってみよう。何着ていこうね~』」
「(大型の店舗自体に入るのは、耳がこうなってから一か月ぶりかな…)」
「(明日、ちゃんと映画見られるかな…というかそもそも映画館の中とか駐車場から歩いていけるかな…)」
「昨日話した通り、今日は母と一緒に映画館に行ってきた」
「某アニメの映画だったんだけど、ちゃんと楽しんで見れたよ」
「カナル型イヤホンを耳にしっかり押し込んで、イヤーマフをして見たんだ。」
「車の中で、向かう道中は仕事の話とか母自身のおっちょこちょい話とかそんな他愛もない話で、映画館の話はせずにいてくれた」
「駐車場に着いてから、エンジンを止めて、ここまでで体調は大丈夫か疲れていないか確認を取り『楽しもうね』の一言」
「ドキドキしながら映画館に入って、母の隣でくっついて一緒に行動して」
「映画を見た」
「最初はイヤーマフさえも押さえて見てたけど少しづつ内容に集中が行って、楽しめたんだ」
「行けて良かったなって、少しほっとした」
「『楽しめた?音はどうだった?』」
「そう終わった後に聴いてくれた」
「『最初はびっくりしてイヤーマフを押さえてたけど、途中から内容に集中できたから大丈夫ではあった』」
「そう言うと母は安堵した顔で『良かったー!楽しめたのなら良し!来てよかったね~。』と嬉しそうに言った」
「母は、僕が引き籠るようになってから絶対に口にしないことがいくつかできたように思える」
「その中の一つとして『大丈夫?』という聴き方をしなくなったこと」
「実際僕はこの言葉は好きじゃないからあまり使わないけれど、それを母に直接言ったことはない」
「僕が感じるに、僕が嫌いなのも伝わっているとは思うけど、”大丈夫ではない人に大丈夫?と聞くのは違う”と言っていたんだよね。母も同じような感覚なんだろうなって思って最近は安心して母からの質問を聴けてる」
「僕は”大丈夫ではない人に大丈夫?とは聞かないしもし聞くなら具体的に『どのくらい大丈夫じゃない?』って聞く”から母の行動を見るようになってから少しばかり会話が楽になった」
「いつかどうしてその言葉を口にしなくなったのか聴いてみたい」
「今日はこのくらいにして終わりにするね」
「ちょっと音を浴びすぎて疲れた」
「明日はどんな日になるんだろう」
「少し明日を考えることができるようになった僕に拍手」