月夜の晩に
ドライアイのはずなのに。
今日は
涙腺が壊れてしまったみたいに
絶え間なく 涙が じわじわと浸み出し
溜まると つーと流れてゆく。
何度も何度も繰り返している。
トイレにゆき 鏡を覗くと
目が ぶっくりと腫れた 不細工な女がいて
わかってはいたものの うんざりとした。
明日の仕事が思いやられる。
目の腫れを治めるには
どうすればよかったんだっけ。
眠れそうにないので諦めて
ほてった顔に外の空気をと
カーテンと窓の隙間に入り込む。
子どもの頃
この隙間が好きだった。
いつのまに 忘れていたのだろう。
ひんやりとした外気が心地よく
冷たい窓ガラスに 顔を押しつける。
これはいいかも。
腫れた目蓋を冷やしてみようと
右、左と交互に窓ガラスに押し当ててみる。
ぶわぶわの目蓋よ。
なんとか しゃきっとしておくれ。
しばらくたつと新鮮な冷たさを求めて移動する。
真面目に何度も何度も繰り返した。
ふと
外から見たら奇妙だよな
と思い目を開けたら
ほんとうに、外に、人がいた。
目が ばちっとあってしまい
気まずく笑う。
腫れぼったい女の笑顔は さらに不気味だろうと
思うけれども他に致し方ない。
外にいたのは女性だった。
おそらくパジャマであろう服装に
よく見ると
足元は靴下だった。
その女性も 気まずく笑い返す。
目を逸らすタイミングがわからず
ちょっとだけ 窓を開けた。
ひんやりとした空気が流れ込んでくる。
「………こんばんは。」
なんて ありきたりで へんてこな挨拶だろう。
言ったあとに恥ずかしくなる。
女性は 一瞬きょとんとした顔をしたあと
ふぅっとほどけて笑いながら
「こんばんは」と
とても丁寧に返してくれた。
「あの、…窓が冷たくて気持ちいいから 目を冷やしてたんです。あの、オススメです…」
聞かれてもいないのに
わたしは言い訳のように言葉を繋ぐ。
彼女は ふわっと笑ったあと
「今度、試してみる。」と
真面目に答えた。
「散歩してたの。月が綺麗だから。オススメ。」
彼女が言うので
空を見上げたけれど
月は見えなかった。
ふたりで 流れる雲を しばらく見上げていた。
あの雲の向こうに月が。
綺麗な。明るい。優しい光。
きっと。
一瞬でいいから。
姿を見せてほしいのだけど。
小さなくしゃみを きっかけに
あきらめたように 彼女は こちらを見る。
「おやすみなさい」
彼女の後ろ姿が見えなくなってから
もう一度 空を見上げて 窓を閉めた。
✴︎
再びふとんに入ったら
冷えた身体が あたたかく包み込まれて
すーっと 真っ逆さまに眠りに落ちていった。
眠りに落ちきる前の一瞬に
あの女性も どうか暖かく眠れますようにと祈る。
おやすみなさい。