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読書灯
砂山くんは空に浮かぶ満月をひょいっと取って小脇に抱えた。よく晴れた夜だった。透き通るような闇を潜水艦のライトみたいに月明かりが照らす。その範囲は限定されたものであり、田舎町の隅々(例えば、排水溝の中だとか、植込みに潜むネコだとか、帰路につくサラリーマンのコートのポケットに入った飴玉や小銭なんか)までは届かない。
満月のときにしかできないんだよ、と彼は静かな声で言う。月を失った夜空は、その不在を埋め合わせるかのように星をぎっしり散らした。心なしか闇が深まったように思える。月をどうするのかと聞くと、読書灯にするんだと答えた。
いつもの私なら、こんな馬鹿げた話なんてまともに取り合わなかったはずだ。この時の私はぼうっとしていて、これは現実に起きていることであり、彼の言うことは本当なのだと受け入れていた。でも実際、彼が月を読書灯にするところを見たことはないし、そもそも読書をするようなタイプではなかった。
彼とはそれから長い付き合いとなるが、月を取ってみせたのは一度きりで、会うのはいつも新月の夜だった。