日常のこと 4回目 手術をしてきた話
こんばんは。
記事100本ノックをしています。この記事で11本目です。
写真は沖縄の読谷村の某ビーチです。
昔いい感じだった人とこのビーチ探しにいって、その途中村の盆踊り的なことをやっていたのを偶然見つけて見学したあまずっぺえ思い出を思い出しました。
結末は聞かないてくださいよ、ねえ。
ここは5つの構成でできています。
・英語のこと:生業なので自主トレのつもりで。苦手な人むけのチートを書き殴ります。
・日常のこと:雑記です。誰も興味ない決意表明とかたまーにスピ話、沖縄の話とかすると思います。あと勉強中のこととかも。
・音楽の話:ドラマーでした。今はDTM超初心者三年目に入りました。
・小説のネタ集め:そのまんまの意味です。
・みたものメモ:感想書き溜めです。
前回に引き続き、内斜視の手術をしてきたお話です。
決して手術をおすすめするものではないです。
迷っている方の参考程度になれば、と。
少しだけ詳しく残しておきます。
私の場合は、斜視だと診断されてから今年で3年が経ちました。
そこで、どんなことがあったかというと脳の異常がないか、親族に脳の疾患があった人がいないかを聞かれました。
もろもろ検査をして脳に異常ないことがわかって、正式に急性内斜視の診断がおりました。
子どものころから症状がなかったことについて大変不思議がられました。
大きな病院で診断されたのですが、斜視手術ができる別の病院を紹介されました。
そこでプリズムメガネで半年くらいは様子をみよう、という話になりました。そこから半年が過ぎて症状の改善がみられないこと、自分でも毎日ふとした瞬間に目が真っ直ぐじゃないことがわかるくらいまでひどくなってきました。
そこで上京したのでまた1から病院探しでしたが、スムーズに紹介状を書いてもらい、手術に至りました。
それでも三ヶ月はかかりました。
どのくらいの位置のずれ具合なのか、隠れ斜視という別の方向や右だけなのに左もないか、とか慎重にみていただきました。私の時間帯とそれに付随した状態を加味して、どんなふうに眼の状態が変わるのか観てくださっていたようです。
結果、片目だけの予定が両目になりました。
こわかったけれどもうこの際だから、と思い淡々と両目の手術をお願いしました。
今術後四日目です。
2泊3日の入院で、全身麻酔での手術でした。
前日から絶食当日5時から飲料も禁止、麻酔の際に肺炎になるのを防ぐためとのことでした。
で、当日麻酔科の先生がめちゃんこかっこいいお姉様先生でした。
全部のセッティングが終わったあと、それまでリラックスさせようと漫談してくださったり確認事項や喉の具合を聞いてくれた面白先生でした。
寝る直前
「あんたの仕事はもう寝るだけよ、はい、おやすみなさい。」
と言われました。
くっそかっこいいいな、映画みたいだなこの先生。
と思ってたら手術は終わっていました。
問題はここから。
めちゃんこいたい。
麻酔から覚めた瞬間に
「え!!ものが1つに見える!」
と声をあげたもんで、
「そんなスコーンと起きる?」
って主治医の先生が笑っていた記憶があります。
「えらいすっきり起きたもんだね」
と麻酔の先生も笑っていました。
麻酔が切れるまでは世界が明るく見えてウキウキしてたんですが、そのあともう痛い。
痛いの。
4日経ってやっと普通に生活レベルではあります。
必ず一人で乗り切ろうとしないことをおすすめします。
術後一人で過ごすと狂いそうです。
話を聞いてくれる誰かしらと退院の夜は過ごしてください。
でないと多分無理です。乗り越えるのは。
両目一気になら尚更。
痛み耐性強いつもりでしたが弱音はきまくり。まくり。
眼をずっとダーマローラーされ続けてる感じです。
あと、多分眼周りの筋肉がバランスとれなくて疼痛がします。
急な眼球の動きは苦手です。
私は完治は期待していません。
ずれている角度が40度を超えていたようなので、歳を重ねてからの弱視を避けたくて両目バランスよく見ることを取り戻したくて手術をしました。
痛いよ、とにかく。
あとよく質問に嫌がらず答えてくれる病院や看護師さんがいるところでやった方がいいです。
今後どんな見え方になるのか時々レポートしますね。
とりあえず今は世界が2トーンくらい明るくて、ぼやけやブレがせばまっています。
早くなれないかな。
今回長くなっちゃいました。
繰り返しますが、おすすめするものではありません。
私もずっと手術をするか迷っていていろいろな人のブログやユーチューブを見あさりまして。
一人で悩まず判断材料の一つになるレベルで記録を残せれば、と思いました。
では。