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電子書房-2 頬をつたわぬ涙を流す

 こんばんは。

 毎週日曜くらいにひらく電子書房うみのふね。波に乗って、今日はこの海辺にやってきました。気ままな書房を覗いてくださりありがとうございます。

 あなたと会えたのもなにかのご縁です。

 今日は少し体調がよろしくないので、無理せず、最近読んだ一冊だけ紹介しようと思います。


「君の悲しみが美しいから僕は手紙を書いた」若松英輔著

 誰しも、必ず悲しみを抱えて生きています。

 とりわけ、死というのは遺されたひとに大きな悲しみを与えます。私自身、ずっと昔、身近なひとを亡くして、そのときの感情がずっと地盤となって、生死について、悲しみについてふとした時に問いかけ続けながら生きているような気がしています。

 ひとはいつか死にます。生きているということは、誰かが死んだ世界の先を経験するということ。その誰かが、たとえば伴侶であったり、父母であったり、きょうだいであったり、親友であったり、生活しているうえで個人としてかけがえのない存在であったとすれば、その喪失感は計り知れないものになります。それでも、私たちは、誰かがいなくなった世界を、生きていく。

 悲しみを乗り越える、という言葉があります。乗り越える、という言葉には、自発的に決意をして、自分の力で壁に挑戦し、その向こうの世界に行くような響きがあるように思います。この本は、そうして乗り越えるに至るまでの、座りこんで、どうしても動けなくなっているひとに対して送りたい本です。

 強いとは、悲しまないことじゃない。悲しみながらも生きていることなんだ。(P100より)

 本著では、悲しみをめぐり、様々な文章を引用しつつ、著者のことばが綴られていきます。

 著者は2010年に最愛の妻を亡くし、その翌年は2011年、すなわち東日本大震災がおこり、日本に大きな激震が走ります。そして、災害により多くの命が失われました。2014年に発行されたこの本は、震災で大事なひとを亡くした人へ向けた言葉が多く語られていますが、対象はもちろん震災という枠におさまらず、どこかの瞬間に死という必然性に直面する私たち誰しもに向けられた手紙が11通収められています。

 この文章を優しいと評するのは簡単なのですが、優しさには、強さが必要です。自分に余裕が無いとき、ひとに優しくするのは難しいときがあると思いませんか。

 著者の手紙には、彼の内包するあたたかな優しさが静かに流れています。それは、著者自身が死に向き合い、悲しみに向き合い、悲しみと共に生きてきたから生まれた、どこか芯の強さを伴った優しさなのです。

 励ましとも少し違う。悲しむこころを肯定し、悲しみを見つめ、深く考えた先にある、勇気や希望を信じている。その過程には必ず痛みが伴います。どうしようもない孤独を味わうことにもなります。私たちは本質的にはどうしても孤独のような気がしています。内部の声や感情を、まるきりすべて共有することはできないからです。そしてまるきり共有すればすべて解決するとも、きっと限りません。自分の内側でじっと考えて、自分の声を聴くことが必要な時があります。

 もっとも魂の深いところに届く言葉は自分から出る。(P68)

 読書とは、著者との対話であると言われますが、同時に自分自身との対話です。この本は著者から読者への手紙であり、著者から静かに語りかけられる言葉を読み解くうちに、悲しみについて考えさせられるうちに、自分自身の抱えている悲しみと自然と向き合い、自分のこころが露わになって、自分の言葉が出てくるような感覚を受けました。

 生死は、深いテーマです。

 こうして書きながらも、本著を的確に示すことばがなかなか出てきません。でもそれは、私からたとえきちんと出たとしても、今この文章を読んでいるあなたにとってそれが当てはまるわけではありません。

 引用したように、魂の深いところに届く言葉は自分から出るものだし、それは人にうまく伝えられるものとは限らず、内部に生まれる、自分のための言葉であり、感情であり、涙です。頬を伝わない、自分の瞳の奥に、あるいは胸の奥に流れる涙です。

 死や、死に限らず大きな悲しみに直面したとき、あなた自身の性格や、その悲しみの大きさや、タイミングによって、必要とするものは異なります。思いっきりげらげらとお腹が痛くなるほど笑って吹き飛ばしたい時もあれば、深く深く誰も立ち入ることができないほど深く絶望に浸っていたい時もあれば、雨の流れる窓を見つめるように悲しみのかたちを見つめたい時もあるし、元気に励まされたり慰められたりしたい時もあるでしょう。

 その時々において必要とするものは異なります。

 けれど、生きていて、いつか直面することになる離別による深い悲しみを感ずる時。私はこの本を手元に置いておくことが、どこかのタイミングでほんとうの助けになるような予感がしています。

 なにかで、大なり小なり、悲しみを抱えているあなたの助け船となることを願って。


 今日はここまで。

 ひとやすみして、また大海へ漕ぎだします。あなたも、どうぞご自愛ください。

 来週の日曜、ご縁が繋がれば、またどこかの海辺で会いましょう。その時を楽しみにしています。

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小萩うみ / 海
たいへん喜びます!本を読んで文にします。

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