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未来へ
月明かりを溶かした曹達水は、暗闇でやわらかく発光する。
とりわけ満月の光は味が良い。月が随分と大きく空に浮かんでいる深夜は、子供達は大人に黙ってこっそりと家の屋根に足を運んで、瓶に入った曹達水を月光にさらす。きらきらと透明な瓶が光を反射するのだが、その硝子の壁をゆっくりと通過して、月の成分が中に浸透していく。時間をかけて、月光と曹達水が一緒になって溶け合うのを待つのだ。それは秘密の時間だ。大人は子供に黙って夜を語らうけれど、子供も大人に黙って夜を語らう。子供と大人で違う心地よい世界が広がっている。
やがて子供はみな大人になって、曹達水はただの曹達水になり、月明かりをいくら浴びようとも、ただの甘くて炭酸の弾ける砂糖水にしかならない。これは子供の間にだけ許される不思議な飲み物であり、何にも代え難い一過性の出来事である。ものを知り、光の輝きとは幻想であり、他と変わらぬ甘い曹達水だと実感した時、子供は大人に変わる一歩を踏み出す。見えていたものが見えなくなり、感じていたものが感じられなくなっていく。それは正しい死に方なのだという。正しく死んで、正しく生まれ、育っていく。未来へ生きていく。やがて秘密は消えてなくなり、やがてだれか別の子供にとっての秘密となる。
了
「未来へ」
三題噺お題:心地よい、月明かり、正しい死に方
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