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2020年に読んだ本ベスト約10作品
おはようございます。こんにちは。こんばんは。小萩です。
ネットの海をぷかぷかと放浪、大体毎週日曜日にどこかの海岸線に辿り着いては本を紹介する架空書店「電子書房うみのふね」、はい、あの、はい、言い訳できないくらい随分とご無沙汰してしまいました。皆様、いかがお過ごしでしょうか。
私は寒さにやられてうじうじとしていたらいつの間にか時間が経っていたような感じで、本も、こんなに読めない・読まない期間は久しぶりだなあというくらい、本に没入するような時間というのがなかなかなく、そうしていたら二月に入っていてまた中旬に突入していました。ようやく最近はちゃんと読めるようになってきて嬉しいところ。
さて、今日のうみのふねでは、遅ればせながら、昨年2020年に読んだ177冊の中で、特に良かったなあと感じた本についてご紹介します。Twitterでは年末に公開していましたが、約10選、といったようなタグで、苦しい表情を浮かべながらなんとか選んで、11作品となっております。以下、読了順です。以前の、2020年上半期のベスト本を被る本も何冊かありますが、ご了承ください。
坂の上の雲/司馬遼太郎 (一)~(八)
言わずと知れた名作大長編、明治維新後、軍人として生涯を歩んだ秋山好古・真之兄弟、彼等の友人である正岡子規をメインとし、日清戦争から日露戦争にかけた時代を中心として描かれた本。読み切った時の達成感、長い本の先、八巻の最後のくだりで、しんみりと静かな時間が流れていったこと、貴重な読書だったなあと思います。
長いこと私の中で憧れで在り続けた「坂の上の雲」を読了したこと、2020年の目標でもありましたので、この本なしには今年の読書を語れないというか。
現在問題となっているオリンピックの報道(ジェンダー発言ではなく、開催するかどうかという文脈で)や政府の様子を見ていると、太平洋戦争を彷彿し、私はこの「坂の上の雲」のことを何度も思い返します。いかに傷を最小限に抑えて日露戦争を終わらせるか、必死に奔走し続けた日本人たちの魂に触れてくれと。作中で太平洋戦争がいかに愚かだったか、司馬遼太郎のメッセージがダイレクトに書かれていますが、それは今へ繋がっていると思うのです。日本はもう強くないです。でも強くなくても負けない方法はある。勝ち負けとは、人命を本気で守るかという話。こう、癒やされたい……という人には向きませんが、おうち時間に大長編、いかがでしょうか。今年も司馬遼太郎の長編作品には挑戦したいところです。
ザリガニの鳴くところ/ディーリア・オーエンズ
年末、私の読書垢でも2020年のベスト本のタグで溢れかえりましたけれども、なんとなくこの本は多かったような気がするな……という印象を抱いています。わかる。個人的に誕生日に買っていただいた本ではあり、何冊か買ってもらった中では群を抜いて良かったし、振り返ってもやはりとても濃密な読書体験だったように思います。過去と現代を行き来しつつ、主人公カイアの原生的な心と、成長し、人間との繋がりの中で孤独と暗闇が深まっていく様子を、ゆっくり、ゆっくりと、追いかけていきます。そこには人間として、生命としての深い喜びもあれば、その逆もまた。
そしてそうした人間ドラマの背景でありカイアそのものでもある情景描写の美しさに、作者の自然への愛を感じます。
ものすごい売れ筋なのでそのうち映画化されるのかな……とは思うのですが、この悲しい美しさと繊細で濃密な人間ドラマを、一本の映画に昇華するのだとしたらどんな映像になるのでしょう。
悲しみの秘義/若松英輔
まだこれから人生がずっとずっと続いていくとして、生涯、しるべとなる本になる予感がしています。
そう言うと大袈裟なのかもしれませんが、決して大それた表現ではないのです。
生き物である限り、死から逸れることはできない。弱さと、悲しみ。そこに宿る強さと、慈しみ。悲しみにこそ人間の本当の強さは眠っているのではないか、本当のことばは眠っているのではないか、そしてそれを表現するのに、読み、そして書くということが繋がっていくという、提示。
何故書くのか、という根本的な疑問をずっと抱き続けていて、この本を読んで、明かりが灯されました。それは決して目を眩ますようなものではなく、やわらかく生きる道を示す、静かな光。
暗やみの中で一人枕をぬらす夜は/ブッシュ孝子
選んだ作品の中では、唯一の詩集ですね。前述した若松英輔さんの文脈で知った本です。
癌を患ったブッシュ孝子さんは、余命を知った上で結婚し、わずか二ヶ月ほどの間に九十二編もの詩を編みました。享年、わずか二十八。死の淵に立った彼女の、魂そのものといっても過言ではありません。
詩は生命から生まれる
生命は詩から生まれる
そんな詩でなければ詩とはいえない
そんな生命でなければ生命とはいえない
きっと何度か引用している詩ではあるのですが、何度読んでも、彼女は命を削り取られながら、自分自身でも魂を削るように詩を書いていたのだろうと……そう思い、身を引き締めるのです。
私は今年、ブッシュ孝子さんの享年と並ぶことになります。人間、いつ死ぬかわかりませんが、今はないあまたの魂を受け継いで生きていることを忘れてはならないなと思うのです。彼女は死んでも、彼女の魂は確かに鼓動を続けている。光を放ちながら。
猫を抱いて象を泳ぐ/小川洋子
2020年を振り返った時に誰の作品を一番読んでいたかと言うと、間違いなく小川洋子でした。その中で一番印象深かったのがこの小説です。これ自体は随分前に発行されたものではありますが、紛れもなく傑作です。
体の成長へ大きな恐怖を抱いている少年は、バス会社の独身寮の雑用係をしているという、バスに住まうマスターと知り合い彼からチェスを学ぶ。少年はチェスにおいて類い希なる才能を発揮し、どんどん強くなる。やがて、彼はからくり人形の中に閉じこもって少年のまま体の成長を止め、チェスを指すリトル・アリョーヒンとなり、多くのチェスプレイヤーと試合をしていく。
非常に静かで、肉体的な流動というのは最小限に抑えられているにも関わらず、ここまで物語を広げていけるものなのか。まるで深海に潜っていくような読書。音のない、何も見えない、未知の世界へと誘われていく、それはどこか恐ろしくとも、物語の強烈な引力が離れることを許さない。離れようとも思わずに、凄まじい勢いで読み切ったとき、ぼろぼろに泣いていました。
圧倒された本です。
ほんとうのリーダーのみつけかた/梨木香歩
同作者の「炉辺のかぜおと」というエッセイ集もものすごく良くてベスト本に選ぶか最後まで迷ったのですが、こちらを採用。コロナ禍を受けてさまざまな本が世に出ましたが、この本もそうした流れの中で急遽出版が決まった本だと聞いています。ネットで新刊案内を見た時はあの梨木香歩がそんなビジネスジャンルな本を……!?と衝撃を受けましたが、中身は予想を良い意味で裏切られるものでした。
書き下ろしではなく、講演の内容をまとめた本であり、非常に短く七〇ページで、下手したら一時間、二時間もあれば読み切れるとは思うのですが、今、困難な時代の中でどうやって生きていけばいいのか、特に若者へ向けたメッセージ性の強い本となっています。人生100年時代と思えば私もまだまだ若者ですので、刺さっていったわけです。
群れと個人、その概念、特に個人について、衝撃を受けました。ほんとうのリーダーとは、学校の学級委員長でも担任の先生でも、会社の上司でも、両親でもない、わたしたち自身、それぞれの中にある自分、だということ。同調圧力といった大きな流れに翻弄されない、自分の尺を持ち、いつだって味方となって考えてくれる、自分のこと。自分の中で、群れを作る、という感覚を説いています。
これから何度も何度も膝を折ってうずくまることになるだろうけれども、この本に流れる優しい励ましは、また立ち上がるための力をもらえるのではないか、そして暗闇の中を歩いていくための力となるのだと思います。
自分の薬をつくる/坂口恭平
2020年に読んだ作者といえば小川洋子だと前述しましたが、自分の生活に一番ダイレクトに影響を与えたのは坂口恭平だと思います。特に、普段書いている「朝の記録」に着手したので、2020年を語る上でこの本は欠かせません。
これも講演の内容を一冊にまとめたものなので読むの自体はそう難しくなく、ほとんどは参加者と坂口恭平の対話から成り立っており、すぐに読み切れるかと思います。ただ、参加者の投げかける質問は、本人たちにとっては切実でありながら、どこかで聞いたことのある質問。どこで聞いたことがあるのか、それは、自分の声だということに、気付きます。
躁鬱病と共に生きてきた坂口恭平が語る、自分の薬をつくる、ということ。
私はですね、躁鬱病という診断を受けてまして、今の医学ではそれは病気です。精神障害者としても認定を受けてはいるんですけど、なぜか収入が多すぎて障害者手帳というものはもらえないんです。なんでお金が関係あるのかはわからないんですけど、ま、それはいいんですけどね、毎日薬を飲んでいるんですね。いや正確に言うと、飲んでました。二〇〇九年に診断を受けてからは、ほぼ毎日薬を飲んでました。でも、今はもう飲んでいません。
それはなんでかというと、自分で薬がつくれるようになったからなんですね。
自分の薬の調合に成功したわけです。
つまり、薬を飲むってことは何をしているかと言いますとですね、薬は「毎日」飲むんですから、風呂、歯磨き、推移mんとかの仲間なんですよ。つまり、薬ってのは「日課」なんですよね。そういう習慣をつくる。薬を毎日飲むことで、新しい習慣が生まれる。そうすることで、体を変化させようってことなんじゃないかと私は思ったわけです。(自分の薬をつくる P18)
こうした概念から始まってでは実際に日課をつくるとはどういったことかといったワークショップに入っていくのですが、これがなかなか面白い取り組みだなあと思っていて、それで私はもともと朝の方が何をするにも基本的に調子が良いので(特に創作ごとは)「朝の記録」を書いてみたりなんだりするようになって。それが最近はややだらけてるところはあるのであまり偉そうなことはいえませんが。
同じように、日課を作ることで成長していく本として「西の魔女が死んだ/梨木香歩」が挙げられて私はものすごくこの物語が好きなのですが、そうしたところとも重なったりもして、説得力もあって、絶賛今も魔女修行中、というところです。
夜間飛行/サン=テグジュペリ
言わずと知れた名作「星の王子さま」の作者。「星の王子さま」しか読んだことがなかったので、又吉直樹の帯に釣られて読み始めてみると、この文章が、文体が、なんとももう、衝撃というか、心地良くて。情景描写と心理描写の重なり、切羽詰まっていくパイロットと、それを待つ支配人、そして妻に視点を何度も切り替えながら、夜明けへと向けて疾走していく夜の物語である「夜間飛行」。
夜さえ明けてくれたら……。
ファビアンは、夜明けを思った、――あたかもそれが、この困難な一夜のあとで、自分たちが打上げられるはずの黄金色の砂浜ででもあるかのように。夜明けさえ来たら、おびやかされていた機の下に平野のひろがりが生れるはずだ。今この闇の中をまろびころげている漂流物がすべて害のないものになるはずだ。できることなら、彼は、夜明けの方へ向って泳ぎだしたい気持だった。
彼は、自分が包囲されていると知った。万事が、よかれあしかれ、この厚い闇の中で解決するはずだった。
そういえば、彼はこれまでにも、朝日が上るのを見ると、自分の病気が予後の時期にはいる様な気がしたものだが、今にして思えば事実でもあったわけだ。
ただ、今は、太陽が生きているはずの東方を見つめたところでなんの役にも立たなかった。彼と太陽とのあいだには、誰にも這い上がることのできないほどの夜の深さが横たわっていた。(夜間飛行 P90)
うーん、好き。とても。
飛行機を自分で操縦することはこれからの人生一度もこないでしょうが、実際に飛行機の操縦士として活躍しそして散っていったサン=テグジュペリならではの飛行描写には、惚れ惚れとするたくましさと美しさが溢れ、もしもかの大戦で死んでいなければ、一体どんな作品が生まれていたのか……そう思いを馳せずにはいられません。
一緒に入っている「南方郵便機」の方が長く、読解力を要求される。かくいう私もこの場に挙げておいてなんですけれども、「南方郵便機」の方は理解が及んでいない点が多いという。今年、他のサン=テグジュペリの作品を読みたくて「人間の土地」は既に買ってあるので、ぼちぼち読みたいところです。
白の闇/ジョゼ・サラマーゴ
恐らくはコロナ禍の影響を受けて文庫での出版が決まったのではないでしょうか。ノーベル賞作家の描くこの小説は、突然人々が次から次へと失明していき、隔離され、凄惨な生活を強いられる様子を描いたもの。この失明は感染していき、運転中だった一人の男性が失明したところからあっという間に広がっていきます。感染者、発症者は隔離され、食事や行動を制限され、その扱いが非道であり、シャワーどころかトイレもままならず、人間としての尊厳を削られていく様子には思わず目を覆いたくなるものがありますが、筆者の筆力に圧倒され、そして怖い物見たさも含んで、ページを捲る手が止まらない。
今の世の中を見ているとこの光景は決して完全なるフィクションではないことを、痛感します。
辛く長い足取りをしがみつくように追っていく作品ではありますが、本当に恐ろしいのは病ではなく人間なのだということ、同時に少しでも尊厳をもって生きていくにはたとえ甘ったるいと言われようと善意が必要なのだということ、善意と悪意は表裏一体であるということ……多くのメッセージが込められています。今読むことに必ず意味はある。傑作と言うに相応しい本です。
彼岸の図書館――ぼくたちの「移住」のかたち/青木真兵・海青子
奈良・東吉野村で、自宅を兼ねた私設図書館「ルチャ・リブロ」をつくった青木さんご夫婦と、思想家や建築家などの様々な専門家やご友人を招いて毎週発信されている、オムライスラヂオ通称オムラヂでの内容の一部を本としてまとめた本。これも対談形式なので、頭の中で喋っている風景を想像しながら読むことができするすると読み進められるのですが、ルチャ・リブロでの生活を通じて現代の在り方や生き方を見つめ直す、非常に濃い内容となっています。
今もそうなのですが、2020年は「生き方」について考えることが多く、私自身、これからどうして生きていけばいいのだろう、と思い悩むことばかりでした。世界的に危険信号が鳴らされている現代で、一体何が起こっているのか。そしてその中で個人はどう太刀打ちしていったらいいのか、そもそも生きるとはなんなのか……。「きみたちはどう生きるか」が一時期大きな流行を見せたように、今、日本全体に「生きる」が飽和しているように思います。逆に、どうしていったらいいのか、有象無象の中で見えづらくなっている。
ぼくはこれからの時代、購入できるものから選ぶのではなく、自分の「ちょうどいい」を求めて生きる「自給マインド」の重要性がますます高まると思っています。その方がは実は違和感にある。違和感から目を背けず、決して愚痴に逃げ込まない。違和感を他人と共有できる形にする。「人文系私設図書館ルチャ・リブロ」は、みなさんと一緒に「自給マインド」を涵養する場でありたいと願っています。(彼岸の図書館――ぼくたちの「移住のかたち」 P81)
そう書いているように、この本に書かれているのは答えではなく、提示なのだと思います。総勢九人との対話の中で生まれた疑問、違和感、そしてヒント、可能性。
後退している世の中を受け入れ、負け戦をいかに生き抜くか。それは「坂の上の雲」にも通ずると個人的には思うし、「ほんとうのリーダーのつくりかた」にも通ずる。こうして並べると、私の中では文脈が浮かび上がる。それが読書の面白いところで、興味が今非常に強いところなのだと自覚します。
私も私として、土、根元のところに立ち返ろうとするたびに、確認しようとするたびに、この本を開くことになるのではないか……そう思います。学びに触れる、良い本です。
死ぬまでに生きたい海/岸本佐知子
年末に出て、年末に読んだ本ですね……タイトルがまず印象的だったこと、そしてエッセイのテーマが興味深かったので読んだのですが、全体に流れる寂しさや懐かしさ、予想を遙かに越えて胸に迫ってくるものがありました。この中で出てくる場所のほとんどについて私は実際にその姿を見たことはないのに、何故か、この景色を見たことがある、と思うのです。それは、私の中にある「もう失われた景色」や「忘れてしまった景色」が共鳴しているということ。
この世に生きたすべての人の、言語化も記録もされない、本人すら忘れてしまっているような些細な記憶。そういうものが、その人の退場とともに失われてしまうということが、私には苦しくて仕方がない。どこかのだれかがさっき食べたフライドポテトが美味しかったことも、道端で見た花をきれいだと思ったことも、ぜんぶ宇宙のどこかに保存されていてほしい。(死ぬまでに行きたい海 P88)
帯びでも引用されている部分を改めて出すのもなんだか単純で恥ずかしいのですが、でもやっぱり何度読んでもこの文章がとても良くて、共感されて、涙が出そうになるんですね。
そうした保存されていてほしい景色や、まだ見られていないどこかの記憶を、私たちは上書きしながら生きていくんでしょう。そのたびに何かが消失し、そして生まれていって。それが繰り返されていって。世界は変わる。一人の人間だって変わる。
どこかの道を歩くこと、乗り物に乗ってどこか遠くの場所へ行くこと、だれかに会いに行くこと、そこに無意味なことなんかなくて、でも、いつか消えてしまう。その瞬間瞬間、生まれては消えていく。
それをどうにか保存したくて、私も文を作り続けているのかもしれない……そういう風にも受け取ることができた、優しくも寂しいエッセイ集でした。心に寄り添える文章をこれだけ書けるというのは凄いこと。素晴らしい本です。
以上十一作でした。
2020年は、これまでの人生で一番本を読んだ一年だったように思います。質は大事だというのはよく解っていますが、多く読んだら、それだけ良い本に出会える確率も高くなり、そして本同士で繋がる文脈が浮かび上がるというのを実感できた、それがかけがえのない実感だったように思います、改めて。今年も始まってもう一ヶ月以上経ちますが、いろんな本に出会い、考え、歩みを止めずにいたいなあ。読書は楽しい。ただまあ、量よりも質、というところを意識したくて、2020年は数への意識が強かったのでめちゃくちゃちゃんと読んだ本記録したりしてたんですが、今はたいへん適当で漏れがありそうな気がしてなりません。まあ、それもそれで数から離れられていいのかなと。
さて、今回のうみのふねはここまで。
来週(きっと!)は、またテーマごとの本紹介に戻ります。もしもご縁があれば、またどこかの海岸線でお会いしましょう。皆様、良い日々を。
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