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「余分」/ 創作物

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一次創作小説、詩、イラスト、写真、動画等々、形式にこだわらず創作するマガジン。
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#小説

底を覗いて水面

底を覗いて水面

 鱗太郎が外出する際にいつも鞄代わりにバケツを使うのは、釣り好きだった父親の影響だ。
 父親は釣りのために生きているような男で、日中はサラリーマンとしてスーツを暇ができればすぐに水辺へと向かった。大抵は少し歩けば辿り着く湖に足を向けるが、車を走らせて山奥の川で鮎釣りに勤しむこともあれば、船を借りて沖に出ることもある。しかし仕事として漁業を営んでいるわけではなく、あくまで趣味として楽しみ、喜びを覚え

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いつか声は波を渡る【試し読み】

いつか声は波を渡る【試し読み】

 あらすじ

 2011年3月11日、春香は親友であるあーちゃんを喪った。以来強い喪失感を抱き続けたまま生きていたが、津波の夢を見た六年後のとある日、同棲している夏希に宮城に行きたいと話を持ちかけた。あーちゃんの故郷である女川へと向かう旅で、爪痕と復興を同時に見つめながら、春香はあーちゃんの生きていた断片を探すように海へと近づいていく。その先で、彼女が見つけるものとは。

いつか声は波を渡る

 

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魚たちの呼吸【試し読み】

魚たちの呼吸【試し読み】

 あらすじ

 河野の耳の裏に秘密がある。生まれつき、その暗がりにはエラがあった。幼少期の経験からその存在をひた隠すようになった河野は、しかし世界のどこかには同じエラを持つ人間がいると信じている。どこか息のしづらさを感じながら、密かに周囲の人間の耳の裏に視線をやるが、仲間を見つけることは叶わずにいた。そんな中、高校で同じクラスになった一青の耳の裏は、どうしても見ることができないでいた。

 魚たち

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墨夏【試し読み】

墨夏【試し読み】

 あらすじ

 毎年お盆におばあちゃんちを訪れるひなこは、お母さんにもお父さんにもおばあちゃんにも言っていない秘密の場所を訪れる。夏の陽光のもと、河川敷では、村に住む少年昴に会える。金星の大接近を待ちわびているひなこは、天体に詳しい昴に教えてもらいながら、星の世界に思いを馳せる。夏の大三角形、カシオペヤ座、北極星ポラリス、そして少年と同じ名を持つ冬の星、昴。星を巡る会話を重ねるごとに、ひなこは昴の

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ニューゲーム

ニューゲーム

 聞こえる。鼓膜を微細にふるわせるかの音は、五月雨か。それとも今際の吐息か、あなたの心臓か。
 枯れて老いた身体をうるおす、永久の音である。
 悔いても戻らぬ時間は絶えず進み、いずれあなたを置き去りにする。
 決して、あなたを一人のままにはしない。
 わたしはやがて土に還り、微細に分解され、植物に与えられ、花を咲かせ、種子に宿り、空を飛び、あるいは虫に運ばれ、いずれどこかに着地し、再び芽吹き、いず

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不治の感情

不治の感情

 降りしきる雨が海にいくつもの波紋を生み出しては、白波に呑まれて飛沫があがる。
 戦闘は激化し、真夜中も爆撃は絶えることなくこだまし、指先に迫り、またおのおのの身体を抉った。装甲を貫く徹甲弾が命中し、船は激しい揺れに見舞われ、闇夜にあざやかな炎があがった。炎の光に晒されて、ひとのあらゆる姿がしかばねとなって転がっている。辛うじて生き残ったひとが、血と弾薬の臭いに鼻を折られながら、必死に叫んでいる。

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できそこないの歌

できそこないの歌

 天気良好。感度良好。野外フェスは正午を過ぎても熱気が収まらない。
 少し距離がはなれたメインステージからの、とどろきのようなものすごい歓声が聞こえてくる。
 気温は四十度に迫る勢い。既に熱中症で運び出されたお客さんも見かける。水分補給をしっかりとるように運営は積極的に注意喚起しているけれど、追いつかないのだろう。気温もだけれど、アーティストのパフォーマンスに興奮して全体的に十度くらいは体感温度が

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放課後ランデブー

放課後ランデブー

※この小説は、他の短編「偽物ラヴァーズ」を「彼」視点から書いたものです。
 単品でも読めますが「偽物ラヴァーズ」を読んだ後だとより深く楽しめます。

 自分が冴えない人間であることは、自分が一番よく理解している。

 掃除の時間にさりげなく、放課後の呼び出しを受けた。聞き返す前に、彼女はそそくさと離れていって、友人との輪に戻っていった。自分の耳を信じ難かったが、馬鹿正直に校舎裏へと向かった。こんな

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明かされた真相

明かされた真相

 危ないから入っちゃいけないよ。山に囲われた村の婆は、いつも子供達にそう言い聞かせる。
 村のはずれに取り残された廃工場は鉄格子で囲われ、入り口も硬く閉ざされているという。鍵をかけられたまま放置され続けている。人によっては、かの戦争において兵器を創っていた場所で不発弾が捨てられていて危険だともいうし、幽霊が出没するから怖ろしいともいうし、野犬の住処と化していて立ち入ればたちまち喰われてしまうともい

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タイムトラベラー

タイムトラベラー

 小学生の頃である。長いRPGを進めた先で、少年は子供心に大きな幻滅を経験した。
 世界を脅かす悪の親玉、魔王を倒すために、村人Aであった主人公は旅をする。木の棒から始まったあまりに弱々しすぎる武器を片手に、雑魚敵を丁寧に倒しつつ、賛同する心強い仲間にも出逢いながら、各地に点在するボスを倒す。主人公は少しずつ強くなっていく。やがて強大な魔王にも太刀打ちできるほどの巨大な力を得て、ラストダンジョンへ

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こんぺいとう

こんぺいとう

 乾杯の音頭を取ってから一時間ほど。程良くアルコールが回り、集合した彼等の表情は火照っていく。
 狭い居酒屋の座敷で五人は机を囲んでいる。中学時代の同期は成熟し、じきに大学を卒業するというタイミングでの集合である。といっても、全員が来月卒業というわけではない。高卒で就職した者もいれば、受験浪人の影響や留年して一年遅れの者もいる。現役で大学に合格してすんなりと卒業まで漕ぎ着いたのはこのうちの二人だけ

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幸せの温度

幸せの温度

 よ、いしょ、どっこい、しょー。
 ふう。
 この土管は毎度登るのに苦労する。
 あ、どうも、おはようございまーす。日光燦々おはようさん。どもどうも。今日も朝から暑いですねえ。ご覧ください、あの爽やかな青い空。ふわふわのわたぐもが風でゆうっくり流れていって、良い天気です。
 人も川のほとりを、すいすい歩いていきますね。
 うさぎと亀っていう、おとぎ話、知ってます?
 知らないか。いや、いいんですよ

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約束のティータイム

約束のティータイム

「おかあさん、見て」
 幼子は母の薄い裾を引き、丸みを帯びた指を空へ向けた。
 指された先では黒い鳥がゆるやかに旋回している。細長い笛のような鳴き声が彼方からあたりに拡散し、豊かな草原を揺らすそよ風に乗っていく。
「あれはなんのとり?」
「鳶ね」
 独特な鳴き声がかの鳥と知らしめる。あの声の正体を知ったのはそういえばいつのことだったろうとうすらぼんやりと記憶に目配せするが、明確な答えは浮かんではこ

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パレード

パレード

 ドラム音が軽快なリズムを刻みながら高らかなトランペットの音が晴天へ突き抜けていく。伸びやかなBGMは青く爽やかな空によく似合う。それから地べたに座り込んだり、後方で立ったりして、パレードで踊るキャラクターたちに手を振り夢に浸る人々も、演出に華を添える。
 隣で立つ彼女は乾燥したチュロスを片手に、大衆に混じって手を振っては叩き、にこにこと弾けている。
 春の朝のような柔らかな桃色のドレスを着たいと

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