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「余分」/ 創作物

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一次創作小説、詩、イラスト、写真、動画等々、形式にこだわらず創作するマガジン。
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#掌編小説

底を覗いて水面

底を覗いて水面

 鱗太郎が外出する際にいつも鞄代わりにバケツを使うのは、釣り好きだった父親の影響だ。
 父親は釣りのために生きているような男で、日中はサラリーマンとしてスーツを暇ができればすぐに水辺へと向かった。大抵は少し歩けば辿り着く湖に足を向けるが、車を走らせて山奥の川で鮎釣りに勤しむこともあれば、船を借りて沖に出ることもある。しかし仕事として漁業を営んでいるわけではなく、あくまで趣味として楽しみ、喜びを覚え

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ニューゲーム

ニューゲーム

 聞こえる。鼓膜を微細にふるわせるかの音は、五月雨か。それとも今際の吐息か、あなたの心臓か。
 枯れて老いた身体をうるおす、永久の音である。
 悔いても戻らぬ時間は絶えず進み、いずれあなたを置き去りにする。
 決して、あなたを一人のままにはしない。
 わたしはやがて土に還り、微細に分解され、植物に与えられ、花を咲かせ、種子に宿り、空を飛び、あるいは虫に運ばれ、いずれどこかに着地し、再び芽吹き、いず

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不治の感情

不治の感情

 降りしきる雨が海にいくつもの波紋を生み出しては、白波に呑まれて飛沫があがる。
 戦闘は激化し、真夜中も爆撃は絶えることなくこだまし、指先に迫り、またおのおのの身体を抉った。装甲を貫く徹甲弾が命中し、船は激しい揺れに見舞われ、闇夜にあざやかな炎があがった。炎の光に晒されて、ひとのあらゆる姿がしかばねとなって転がっている。辛うじて生き残ったひとが、血と弾薬の臭いに鼻を折られながら、必死に叫んでいる。

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夜の散歩

夜の散歩

 小天体

 極小の天体が暗闇を疾走。
 彼方で膨張を続ける宇宙のまたたき。
 地球に引かれて公転するわたしたち。
 途方の無い宇宙のいのちに比べれば、塵にも満たないわたしたちのたましい。
 いずれ大気に衝突し、かたちを変えて炸裂。
 無音に傷をつける、しかし無意味の連続。
 うまれてはしぬ物質の律動。
 消滅する、刹那の話。
 同時にいつかうまれる、なにものかの前世の話。
 もう間もない。

 

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