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小萩うみ / 海
2021年2月20日 21:18
鱗太郎が外出する際にいつも鞄代わりにバケツを使うのは、釣り好きだった父親の影響だ。 父親は釣りのために生きているような男で、日中はサラリーマンとしてスーツを暇ができればすぐに水辺へと向かった。大抵は少し歩けば辿り着く湖に足を向けるが、車を走らせて山奥の川で鮎釣りに勤しむこともあれば、船を借りて沖に出ることもある。しかし仕事として漁業を営んでいるわけではなく、あくまで趣味として楽しみ、喜びを覚え
2020年6月20日 23:10
聞こえる。鼓膜を微細にふるわせるかの音は、五月雨か。それとも今際の吐息か、あなたの心臓か。 枯れて老いた身体をうるおす、永久の音である。 悔いても戻らぬ時間は絶えず進み、いずれあなたを置き去りにする。 決して、あなたを一人のままにはしない。 わたしはやがて土に還り、微細に分解され、植物に与えられ、花を咲かせ、種子に宿り、空を飛び、あるいは虫に運ばれ、いずれどこかに着地し、再び芽吹き、いず
2020年6月18日 21:22
降りしきる雨が海にいくつもの波紋を生み出しては、白波に呑まれて飛沫があがる。 戦闘は激化し、真夜中も爆撃は絶えることなくこだまし、指先に迫り、またおのおのの身体を抉った。装甲を貫く徹甲弾が命中し、船は激しい揺れに見舞われ、闇夜にあざやかな炎があがった。炎の光に晒されて、ひとのあらゆる姿がしかばねとなって転がっている。辛うじて生き残ったひとが、血と弾薬の臭いに鼻を折られながら、必死に叫んでいる。
2020年5月16日 19:25
小天体 極小の天体が暗闇を疾走。 彼方で膨張を続ける宇宙のまたたき。 地球に引かれて公転するわたしたち。 途方の無い宇宙のいのちに比べれば、塵にも満たないわたしたちのたましい。 いずれ大気に衝突し、かたちを変えて炸裂。 無音に傷をつける、しかし無意味の連続。 うまれてはしぬ物質の律動。 消滅する、刹那の話。 同時にいつかうまれる、なにものかの前世の話。 もう間もない。