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「余分」/ 創作物

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一次創作小説、詩、イラスト、写真、動画等々、形式にこだわらず創作するマガジン。
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2020年5月の記事一覧

パレード

パレード

 ドラム音が軽快なリズムを刻みながら高らかなトランペットの音が晴天へ突き抜けていく。伸びやかなBGMは青く爽やかな空によく似合う。それから地べたに座り込んだり、後方で立ったりして、パレードで踊るキャラクターたちに手を振り夢に浸る人々も、演出に華を添える。
 隣で立つ彼女は乾燥したチュロスを片手に、大衆に混じって手を振っては叩き、にこにこと弾けている。
 春の朝のような柔らかな桃色のドレスを着たいと

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凍った木

凍った木

 おやすみ、となにかが世界に囁いたように、雪が降り続け、無秩序に公平に分け隔てなく、文明も大地も生命も、すべてが凍てついた。
 その惑星がたいらかに氷に閉じ込められてから幾千年。氷の下で凍てつくような海が広がっていることなど誰も想像はしない。海で新たな生命が息づいていたとしても氷上の世界が気付くことはない。同様に、氷上に息吹く存在があったとしてもまた海は知りえない。氷という明確な境界線は、互いが二

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にせものラヴァーズ

にせものラヴァーズ

 その告白は罰ゲームだった。

 超絶地味な昆虫類系男子、と区分していたその人に、明日の放課後告白することとなった。男女入り交じったカラオケで盛り上がっていて、一番点数が高かった人が低かった人に命令する、という王様ゲームのようなことをしていた。王様の命令は絶対で逆らってはならない。たかがゲームだがされどゲームで、破れば空気が読めない奴として認定されるのだった。

 憂鬱でならなかった彼女は、しかし

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未来へ

未来へ

 月明かりを溶かした曹達水は、暗闇でやわらかく発光する。
 とりわけ満月の光は味が良い。月が随分と大きく空に浮かんでいる深夜は、子供達は大人に黙ってこっそりと家の屋根に足を運んで、瓶に入った曹達水を月光にさらす。きらきらと透明な瓶が光を反射するのだが、その硝子の壁をゆっくりと通過して、月の成分が中に浸透していく。時間をかけて、月光と曹達水が一緒になって溶け合うのを待つのだ。それは秘密の時間だ。大人

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運まかせ

運まかせ

 密室に導かれたのは五名。互いに顔も名も知らぬ完全な赤の他人同士であった。性別としては男四名、女一名。アルファベットとしてAからEと順に振られた記号でそれぞれ区別されている。
 彼等に共通する事項は、金を欲している点。そして人生に頓挫している点。
 Aは一般的なサラリーマンであった。四年制大学を卒業した後出版業界に就職し淡々と安定を求めて生きてきたが、つい先日不況の煽りを受けリストラされた。四十半

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鍵のかかった部屋

鍵のかかった部屋

 瓦礫の重なる森のごく一端で、雪が降り始めていた。
 褪せた緑の針葉樹の群衆が騒いでいるのを、私は耳で感じ取った。
 亡き師匠から教わった魔法の決まりごとは一つ。相手を傷つけることを目的としない。
 その規則に乗っ取って、師匠は私に魔術を教えた。則ち、万物に耳を傾けるということであった。無数の音と声を厳格に聞き分け、取捨し、ただひとつ語りかけるべきもののみに声をかけるように思考の欠片を渡す。魔力と

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ザッハトルテ

ザッハトルテ

 おとといの深夜のひとときが胸に過る。
 胸に過る、とはどういう感覚だろう、と女は思考する。しかし、思い返した瞬間、脳というよりも胸を貫いたような感覚があった。胸には何の刺激も無いはずだ。いや。女は長く丸めた睫毛をまたたかせる。今まさに背後から摑まれているのだけれど、あまりにも表面的で情報としてきちんと処理されていない。
 おとといの男は女と外観年齢が近かった。随分老いた人間を相手にすることもある

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弱虫ヒーロー

弱虫ヒーロー

「ぼくがヒーローになるよ」
 どんくささが災いし幼稚園でいじめられて涙で顔をぐしゃぐしゃにしていた私に突然彼女はそう言って手を差し伸べた。
 私達にとってヒーローとは日曜の朝にテレビで放送される戦隊物のイメージだった。毎週悪者が出てきて、町を荒らして、人の平和を脅かす。その脅威に立ち向かう戦士達。最終的に爽快な展開になって、子供はみんな憧れて、変身グッズを身に着けてヒーロー気分で跳ね回る。
 その

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わたがしだらけ

わたがしだらけ

 わんこがしきりに舐めてくる夢を見る。ほけっとした憎めない顔つきをして、はっはっはっと忙しなくあったかい湿った吐息を出し入れして、暖簾のような舌をだしっぱなしにしただらしなさ。ダックスフントであったりコーギーであったり、豆柴であったり、ゴールデンレトリーバーであったり、ダルメシアンであったり、パグであったりチワワであったり、種類は多岐に渡った。種名を記憶していない、テレビでしか見たことがない凜々し

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夜の散歩

夜の散歩

 小天体

 極小の天体が暗闇を疾走。
 彼方で膨張を続ける宇宙のまたたき。
 地球に引かれて公転するわたしたち。
 途方の無い宇宙のいのちに比べれば、塵にも満たないわたしたちのたましい。
 いずれ大気に衝突し、かたちを変えて炸裂。
 無音に傷をつける、しかし無意味の連続。
 うまれてはしぬ物質の律動。
 消滅する、刹那の話。
 同時にいつかうまれる、なにものかの前世の話。
 もう間もない。

 

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いつかの終末

いつかの終末

 親父がもうじき、死ぬ、らしい。
 危篤の報せが入ってきたのは、小学三年生になる息子と近くのショッピングモールに遊びに出かけている時だった。室内に設けられた巨大なアミューズメント空間で、息子は歓声をあげながらカラーボールの海に飛び込んだりトランポリンで跳ねたりバルーンの迷路を走り回ったり、持て余すエネルギーの全てを遊具にぶつけていた。その溌剌としたエネルギーが眩しいやらついていけなくて疲れるやら、

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旅人たちの休息

旅人たちの休息

 わたし、お隣のお隣のおうちの傍の路肩から風に乗ってきました。
 うんうん、挨拶としてはばっちり。
 ここが安住の場所かしら。もうちょっと遠くまで飛べるかと思ったけれど、意外と現実ってこんなもの? ふわふわ綿毛ちゃん、風を掴むのがちょっと下手っぴだったのかも。今はぷくぷく眠っているわ。でも、そうね、この草原も悪くない。うんと高く伸びた緑がいっぱい茂っていて、仲間がたくさんいて楽しそう。これからの発

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マゼンタ色の海

マゼンタ色の海

 心中を決心し、僕はそのひとと共に宇宙に身を投げた。
 しかし、どんな危機的環境においても瞬時に対応するように組み替えられた遺伝子は、無重力空間にすら適応してしまった。
 僕たちはそうなると予想できなかった。誰も挑戦しなかったからだ。あるいは、誰かが試みたけれど結果が伏せられているのか、それともたまたま僕たちが突然変異種だったのか。
 永久機関銀河ステーションを小さなスペースシャトルで脱出した僕た

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ドア•イン•ザ•ボックス

ドア•イン•ザ•ボックス

「箱の中にドアがあるとすれば、それはどういった状況だと思う?」
 十数年ぶりに集まった級友たちを前に、男は朗々と切り出した。
 この場にいるのは四人。男性二人に女性一人、もう一人は誰かというと、ロボットである。見た目は瑞々しい男子高校生を模しているのだが、三十路の男女に混じると違和感を抱かざるを得ない。
 このロボットは、当時で最先端のAI技術を積まれた最高傑作ともいえる頭脳を持っていたのだが、こ

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