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JT杯で揮毫盤が当たった話

彼の白く細い腕が抽選箱をかき混ぜているその時ですら、傍らに掲げられた将棋盤が私のものになるだなんて、1ミクロンも思ってはいなかった。
なんならその時私は、可愛いしか言ってなかった。
その人の一挙手一投足に「可愛い!」と感嘆符つきでため息をもらし、ステージ上のその人を見つめていた。
そして隣からは、私の可愛いを上回る回数で「あれ欲しいなぁ」という声が聞こえていた。
そうそう当たるもんじゃない。なにしろ、参加者の約半分は敵なのである。
(勝利棋士を当てることが前提条件であるため、ざっくり半分の人がその権利を有している)
もちろんこれまでの数回は、私とて並々ならぬ熱量で選ばれることを熱望していた。とは言え、勝利棋士を当てたのは、実は今年が初めてなのである。
参加する度に、より推している方の棋士に投票し、抽選以前の段階で脱落して来た。脱落してさえ、何かの手違いで私の投票用紙があの箱の中に入っていやしないか、と願うほどに。
今年は、箱の中に参加できた。それだけでも大いなる前進である。
人間、多くを望みすぎてはいけない。そんなようなことを考えていた。
じっくりかき混ぜた中から取り出した、1枚の投票用紙に書かれた番号を、司会者のお姉さんが読み上げる。
「ななひゃく」
お。近い。
「ろくじゅう」
めっちゃ近い。つか、この並びの誰かじゃない?(キョロキョロする)全然知らない人なら諦めもつくけど、知った人だと嫉妬しちゃうかも。まぁ、ジロジロ見せてもらうからいいけど。
「いちばんの方ー!」
え?
私じゃん。

素になった。
周囲に当たったことを報告する余裕すらなかった。
ここからの記憶は、コマ送りである。あまりの緊張に、私の脳は動画で記憶することが出来なかったらしい。
半券を手に、目指すはステージ。
客席は暗く、通路の足元もよく見えない。
多分、客席の知り合いの人は私に気付いてくれていると思うのだけれど、こちらからはちょっと人が多すぎて、手を振る余裕など全く無くて申し訳ない。
(この時の私が、カツカツと歩いて来た、という証言を後ほどいただきました。当日の私はフラットシューズでしたので、カツカツというヒール音はしていなかったと思うのですが、そんな音が聞こえるほどに意気揚々としていたのでしょう)
目指すステージはまばゆいほどのライトに照らされ、階段の下ではJTの制服姿のお姉さんAが微笑みを浮かべて立っている。
半券を差し出し、確認を受け、ステージの上へといざなわれる。
この階段で転んだら、死ぬほどカッコ悪いぜ。とか思ったので、そこは慎重に上がる。
司会者のお姉さんに、おめでとうございます。とか言われて、将棋盤を受け取る。(重い)
あ、私、まともに豊島さんの顔を見てないじゃん!と気付いて、将棋盤から視線を上げる。
豊島さん。いた。
ライトの中で光って立ってた。
その姿を脳に刻み付けて、客席に視線を向ける。だって、どうせなら、ここからの景色もみておきたいじゃん。
客席は、やっぱり暗くて。そしてライトが眩しくて、何も見えない。
この人、こんなとこで将棋してたんだな、とぼんやり思う。
以前ならここで、軽いトーク(どこから来ましたかー?みたいな)があったり、記念撮影があったりしたのだけれど、コロナ以降それはなくなったんだっけー?とか思いながら、将棋盤(重い!)を持ち変えて、通路にしゃがんでいた公式カメラマンさん(そこにいることは分かっているんだ)に向かってポーズを取る。
さあ、撮りなさいよ。のキメ顔である。
図々しいかな?でも、今を逃したら、一生のうちでもう二度とこんなチャンスは巡って来ないのよ。
渋々撮ったであろうカメラマンさんが、片手を上げてOKのサインを出したので、撮影タイム終了。
この時の一瞬のスキを逃さずに、撮っておいてくれたお友達の皆さん。本当にありがとうございました。
持つべきものは、撮る将の友人♪
JTのお姉さんBに案内されて、ステージ左に退場。
そこで受け取りにサインをする。
何故か、渡されたのが赤のサインペンで、「これで書くんですか?」って思わず確認しちゃいましたね。
赤でいいと言われたので、なんでぞや?とか思いながら名前を書いてみた。
赤い字で書いた自分の名前というものに全く馴染みがなくて。というより違和感しかなくて。見ているうちに緊張の上にさらにドキドキしてしまって、携帯電話の番号を書く手が震えてしまった。
せめてなんで赤で書かないかんのか教えて欲しかったよ・・・。(印鑑の代わりだからでは?という説あり。正解は知らんけど)

将棋盤を付録の駒と一緒に袋に入れていただいて、左の方から客席に戻る頃には、その後の抽選も終了し、やがて閉会のアナウンスが。
会場が明るくなると、お友達の皆さんが祝福のために集まってくださる。
知り合いに当たったらジロジロ見ようと思っていたのだから、ここはもちろん、見せて差し上げねばなりますまい。
いや、見る前に、一度持ってみて欲しい。めっちゃ重いから!

袋を持って歩いていると「当たった人だ!」って話してるのが聞こえて来て、「当たった人」って言い方ー!と思ったけれど、あちらの方からしたら、確かにそれ以外に呼びようがないよなぁ、と思い直す。
私だって、JTのお姉さんとか、振り駒の人、とかさんざん呼んでるもんな。
次からはちょっと気を付けよう(でも、どんな風に?)

以上。
2024年7月6日(土)
将棋日本シリーズ四国大会(於 サンメッセ香川)で、揮毫入り将棋盤を拝受した際の忘備録としてこれを記す。

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