【禍話リライト】怪談手帖:鵺池の写真
鵺という妖怪にまつわる名所が日本にいくつかあるが、
鵺池といえば京都は二条公園のものが有名であろう。
「しかしそれとはまったく違うんです」
と Aさんは言った。
それどころか彼女が言う鵺池というのは、
検索して出てくる各地の鵺ゆかりのスポットのどれとも違うというのである。
Aさんが大学生の頃、まだ昭和の話である。
彼女の住んでいた町からバスで一時間ほどの港にある小さな旅館、
そこは昔からその辺りでは知る人ぞ知るいわくつきの旅館だった。
といっても旅館自体に何かがあるわけではない。
そこに保管されている一枚の写真がいわくつきなのである。
『鵺池の写真』と呼ばれていたそれは「とにかくヤバい」ということで、
その辺りの一部の若者の間では度胸試しに使われるほどであった。
「どういう経緯でその旅館にあったのか誰も知らなかったんですけど、
旅館へ泊って「見せて欲しい」と申し出ると誰でも見せてもらえたんです。
なんでも県外からわざわざ見に来る人もいたようですから、
もしかしたら口コミじゃ結構有名だったのかな」
いずれにせよ嫌がる風もなく、それは旅館の奥の間の、
机の引き出しから取り出されて手渡される。
当時としてもかなり古い白黒写真で、どこかの神社の本殿を正面から写したもので…そう、池と呼ばれるのに映っているのは神社なのだ。
その左上に、雲がある。
薄黒いムラムラとした雨雲のような煙の塊が、
神社の屋根にかかるやけに低い位置にたまっている。
そしてその真ん中にぽつりと横顔が浮かんでいる。
半分ほど雲に飲まれているせいか、髪の毛や耳の見えない幼い子供のような顔が、斜め下の神社を見下ろしている。
そういう写真だという。
普通の人は
「何か変なものが写ってるな」とか
「気持ち悪いなぁ」とか
「なんだこの子供の顔は」とか
あるいはもっとストレートに
「コレ心霊写真だ!」といった感想を抱く。
その場合は何も残らない。
だが、中にはその子供みたいな顔について
(これは人間のものじゃない)
と感じる人もいる。Aさんもそうだった。
そういう人は写真を見た瞬間にそれを直感するらしい。
そして、そうなると写真がただの写真では終わらなくなってしまう。
そのまま写真をじっと見続けていると、やがてその雲から少しずつ人間や動物…なんでもサルや犬のようなものとか、蹄の付いたものとか、
そういった色々なモノの手足が何本も垂れ下がってくる。
瞬きするたび、コマ撮りの映像のように徐々にそうなるといい、
不思議な事に見ているうちに、まるで最初からそうだったかのように感じるそうだ。
やがてその神社の境内に池がある事、
『その池で今写真の左上に写っているものの生首を洗ったんだ』
という事までがだんだんとわかってくる。
「というかどっちかっていうと思い出すっていう感じなんですよね。
今まで忘れてたんだけど前から知ってたみたいな」
Aさんは当時の感覚が蘇っているのか身を震わせるようにしながらそう言った。
続いて、ぬいいけ ぬうぇいけなどという、境内のその池の名前が声として聞こえてくる。
つまり『鵺池』である。そしてその先に来るのは匂いだそうだ
恐らくは首を洗った時の生臭い鉄錆のような血の臭いなどが鼻の中に漂ってくるそうで、
ここで吐いてしまって見るのをやめる人もいる。
先に鵺池の写真についての話を一通り聞いていても、これらの現象は起きたという。
情報として知っているのと実感するのとは違うらしい。
そこまできてもなお写真を見つめることを止めなかったら、
今度はその写っている神社の場所が頭の中に浮かんでくる。
「見つめてる内に地名がハッキリしてくるんですよ」
〇〇県の〇〇市の〇〇山中の、と段階を踏んで絞られていく。
で、
(ああ、ここなら車でいけるなぁ)
とかそういう事まで考え始め、Aさんはこの時点で写真を見るのをやめた。
「何かすごく嫌な予感というか背筋が冷える感覚があって」
「でもそれだけじゃなかったんです」
奥の間で写真を見せてもらっているまさにその時、
旅館に電話がかかってきた。それはAさんの実家からだった。
携帯電話なんてない時代である。
仰天したAさんが電話に出ると、お母さんがすごい剣幕で
『そこを出ろ!帰ってこい!』という。
たじろぎながら話を聞いたところ、
昨日の夜、仏壇に供えたお酒のビンが割れて水浸しになって、
さらに昼、眠っていると夢の中に死んだお爺ちゃんが出てきてAさんの名前を言って
『バカな事は止めさせろ!』
と𠮟りつけられて、お母さんはたまらず電話をかけたのだそうだ。
「こんなベタな虫の知らせがあるんだ、と思いましたね。
それで、写真を返して宿泊もキャンセルして旅館を出ました。
それ以来そこへは行ってないです」
だから、以下の話については基本的にAさんが他の人から聞いたものだ。
その先になるともはや写真はお役御免で、
実際に行ってみよう、という事になるらしい。
そして車なり何なりを走らせて、頭に浮かんだその場所へ向かう。
たどり着いてみると、実際にはそこに神社はなく、もちろん池もなく、
ただ山中に廃墟のような古い建物の跡だけが放置されている。
それでも帰らずにその風景を眺めていると、いろんな事が起きる。
何もいないはずなのにそこに何かがいるのが分かる、とか
朽ち果てた建物の影から、古い着物を着た人の
体がなくなって服だけ浮いたようなものがフラフラ・・・と出てくる、とか
写真を見ながら嗅いだあの血の臭いがどんどん強さを増して漂ってくる、とか
見る限り池などないのに、どうも奥の方に穴ならあるんじゃないかという事がはっきりしてきて
さらにその中から何かが出てこようとしているのが分かる、とか。
大抵はそこで逃げ出した、という話になるのだが、
中にはさらにそこに留まってしまって、
そのまま行方が分からなくなった人もいるのだとか。
もっとも、これらの報告は人伝えで噂されて、真偽のほとんど不明なものではある。
最後にAさんは一番嫌だったことを教えてくれた。
「その旅館の人が写真を出すとき、ずっと薄笑いみたいなものを浮かべて
嬉しくてしょうがない、って顔したんです。
あれって、何でだったんでしょうねぇ…」
その旅館が今もあるかどうかはわからないそうだ。
この記事は、猟奇ユニットFEAR飯によるツイキャス「禍話」の
2021/5/22シン・禍話 第十一夜
(https://twitcasting.tv/magabanasi/movie/683907882)
32:30頃からの話を書き起こしたものです。
タイトルについては
禍話 簡易まとめwiki(https://wikiwiki.jp/magabanasi/)
に記載されたものを参考に致しました。
かぁなっき氏の後輩、余寒氏によるシリーズ「怪談手帖」は
DL版が好評発売中 の他、書籍版も販売予定との事!震えて待とう!
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