孤独死現場向う

親族が誰も入りたがらない、孤独死現場に私は向かっていた。
5/15 AM1:00自宅出発
車で500km移動。
出発早々、たばこを買う。
そしてコンビニで一息つきながら、どんな状況なんだろうかと自宅から数百メートルしか離れていないコンビニでそう思っていた。
乗り気になれず、各SAによっては一息つき思たより時間がかかっていた。
妙な眠気を感じながら。

いつもは5時間くらいでつくのに、予定よりだいぶ遅くなってしまった。
お世話になっているご近所さんのおじさんが電話をくれた。
AM6:00の事。
「まだ家いるの?」
「そうだね、縁切るから来るなって言われたしね」
「そっか・・・」
「うそ、○○SAあと一時間くらいかな」
「うそつき(笑)朝ごはん用意してるよ。気をつけてな」


そうだよね。私が行かなきゃじいちゃんの遺影も準備できてないんだった。
探さなきゃ、無性にやる気が起きてきた。
そう、最期の孝行だと思って。
急ごう。
AM7:00私はよくじいちゃんが行っていた酒屋に寄った。
死ぬ前に最後に行っただろうと推測される店。
いつもここに連れていてくれた。
お菓子やジュース、お酒、お土産色々買ってくれてた。
私もういい年よって思いながら、ついていってた。
ここから米を送ってくれていた。
ここには毎日日課で朝夕来てたって聞いた。

亡くなる2日前にも訪れていたそう。
おばちゃんが出てきた。
今回のご迷惑と生前のお礼を言うと、おばちゃんも悲しそうな顔をして。
もう会えないのかもしれないよね。私とおばちゃんも。
そう思って挨拶した。

「また帰る時寄ります」って言ってエンジンをかけた。
しかしギアが動くが軽い。
そして動かない。
たまたまパトカーが通ってくれて、見てくれた。
さすが田舎。みんな優しい。
お世話になるご近所さんに電話して迎えに来てもらう。
最期の最後までお騒がせな私。

待ってる間に、酒屋のおばさんがこういった。
「きっとじいちゃんがね、ここに止まっていきなさいって言ったんだよ。
だからここでちょうど止まった。変な場所じゃなくてね。ここじゃないといけなかったんだよ。気にしないでおいていきなさい。」って。
そう思ったら、そうかもしれないって泣いた。

車は別の人に引き取ってもらい、昼には直った。
応急処置にはなっているが、動くようになった。
帰れないんじゃないだろうか。
レッカー500キロ?
そんなこと心配していたが、一安心した。
本当にじいちゃんだったのかもねって思って。
安心した。

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