迷走音

ピアノを弾いた
久しぶりに

刺々しい音が響いた
音が縮こまっててよく鳴らない
指もまわらない
全然だめ

フォルテ

強く当たる
ごめんねピアノ

音がキンキンする

鳴らして鳴らして力を抜く

ああ少しばかり鳴ってきた
ピアノがほんのり身体に馴染む

『みずたまのワルツ』

心を のせない のらない
ただ音だけがすぎていく

誠実な音ではなくて
さっぱりと
何も感じない



そんな音が続く

途中からそれが惜しくなって
何やってんだろうって虚しくなって

最後のアルペジオだけ
丁寧に弾いた

消えかけた音
わずかな光
いのちの終わり

音が昇華される
そのあとをおって
心が動く

何をのせていってしまったか

ごめんね
再びそう思って鍵盤の蓋を閉じた


街中の匂い
きつくて吐き気がする

人のざわめきと量に
嫌気がさす

ただ闇雲に
当たり散らしたあとの身体の負荷

全力疾走した後に感じる
全身を使ったというような体感

そういえば
息をしてなかったみたい

断片的な夢が現れる
歌ってくれた歌はなんだったっけ
思い出せず気持ち悪い

心地良かった夢が
後味良くない夢にかき消される


いつから
自分の心が音として返ってくるようになったのか
驚くほど痛い音に
思い知らされる心情の景色

見上げれば幸運と言われる数字に呼ばれ
振り返れば金木犀が香る
その中にほんのりと青臭さが漂い
南天の赤づきが時の経過を教えてくれる

いったい何を求めているのか
何を埋めたいのか
何をどうすればいいのか

わかっているくせに

弾けもしない楽譜を買って
音符をなぞる

数学的な音の集まり

聞こえてくる雨の声は
涙を癒してくれますか

#心がほんのり涙するとき