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#17 新作ジン鍋発表会

(*9/2 10:00 寸法・重量の記載を一部修正)
自分の人生にまさかこんな日が訪れるとは思わなかった。
有名なジンギスカン料理店「羊サンライズ」の関澤波留人さんたちが展開するSHEEP FREAKSが、オリジナルのジンギスカン鍋(以下、ジン鍋)をプロデュースして発表したのだ。
その名も「STEEL SHEEP」。鋼鉄削り出しジンギスカン鍋だ。

革命を起こす

先に少し歴史を振り返ると、ジンギスカン料理というのは戦前の北京〜満州に端を発し、陸軍糧秣廠と農林省畜産局(緬羊係)が中心となって作り上げた焼羊肉料理で、一般に普及したのは、日本国内の羊が百万頭近くいた昭和30年前後からの経済成長期のこと。
皮肉なことに、経済が発展するのと反比例して少なくなっていった日本の羊だったが、その食肉が大量消費された頃の主な料理法がジンギスカン料理だった。

ジン鍋が量産されたのもその時代のことで、当時、いかに様々な姿形の鍋が作られたかは、約600枚ものコレクションを有する北海道岩見沢市万字地区の「ジン鍋アートミュージアム」を訪れればよく分かる。
今回の新作発表会に出席したのは、ジン鍋博の方のご要望があったためでもあったが、当然、私自身の強い興味から居ても立ってもいられず、ご要望をいただく前から既に出席を申し込んでいた。

というわけで、本日2024年8月29日午前11時、発表会場である東京・合羽橋の釜浅商店へ足を運んだ。
釜浅商店の素敵な店構えを眺めつつ、裏手の入り口から4階へ。

おしゃれな店構えの釜浅商店が会場

参加者は、ジンギスカン・羊肉料理の事業者さんや、羊肉取扱業者の方々がほとんど。
私はというと、羊関連のライターということで(別に発表する媒体もないのだが…)、一人だけ妙なテンションで張り切って参加させていただいた。
受け入れてくださった関澤さんをはじめ、SHEEP FREAKSの皆様に感謝。

発表会の流れを先に書いておくと、まず関澤さんと、新作鍋の作り手であるユーナムプレート代表・鉄板クリエイターの増田悠二さんから解説があり、その後、屋外に設けられた熱源に鍋を載せて実食・焼き体験が行われた。
1時間半ほどで全体の流れは終了して解散。
午後にもう一度同じ発表会が開催される予定となっていた。

発表会が始まった(左=関澤さん、右=増田さん)

さて、発表会の重要な部分である新作鍋「STEEL SHEEP」の解説から、鍋の紹介と特徴を簡単にまとめておこう。
詳しいことが知りたい方は、ぜひ関澤さんやSHEEP FREAKS、釜浅商店の方々にお尋ねいただきたい。
*以下、値段は全て税込表示。

新作鍋「穴なし」にラプチョップ

発売製品の基本パターンは、「炭火・焼肉屋のロースター用/穴あり」(2万7500円、箱付き、取手付き、送料込み)と、「ガス火・IHヒーター用/穴なし」(2万4750円、同)の2種(サイズはワンサイズのみ)。
それに、オプションとして、「ロゴマーキング」(4400円)、「トップ抜き穴」(3300円)、「酸化皮膜処理」(3300円)、「取手」追加購入(1100円/個)をアレンジできる。
また、現時点では試作段階だそうだが、ガスコンロで使用する際に熱源からの距離を確保するための専用の「五徳」も用意してあり、今後ラインナップに加わるようだ。
上記の値段は単品での購入の場合で、まとめて購入する場合はディスカウントがあるようだ。

酸化皮膜処理された「穴あり」鍋、五徳(左上)、取手(左下)

鍋の寸法を書いておくと、直径は255ミリ、頂部は80ミリ、焼き面周辺の平らな部分(油だまり)の幅は75ミリ。
全体の高さは27ミリ。
重量は、穴ありが2.5 kg、穴無しが2.6 kg。
*修正前の記載で「感触では従来鍋より少し軽い」と書いたが、ユーナムプレート・増田さんによると「既存のジンギスカン鍋より重たい」とのこと。たしかに重量的にはそうだが、個人的には、扱いやすさを含めた手持ちの実感として比較してみて軽く感じた…。

五徳にのせて使用するとこんな感じ

新作鍋の特徴は、まず、従来のジン鍋の多くが鋳造(鋳型に鉄を流し込む作り方)で作られていたのに対し、今回の鍋はSS400という高品質な炭素鋼板(*一般構造用鋼材、国内メーカーの品質保証書付き鉄板)を削り出して作られている点だ。
このメリットは、鍋の耐久性に現れる。
鋳造の場合、ジンギスカン料理店で毎日使用されることで、半年から1年で鍋に亀裂が入るなどして性能が落ち、使用できなくなってしまうという。
それに対して削り出し鋼板の場合は、加熱後の急冷や落下による衝撃でも亀裂が入ることはないそうだ。

従来のジン鍋(左)と新作鍋(右)

また、従来のジン鍋では厚さ3ミリ程度のものが多かったそうだが、この鍋では頂部で7ミリという厚みを持たせている(縁部は3ミリとのこと)。
これによって蓄熱量が確保され、鍋の温度が下がらず、肉を連続して焼いてもふっくらとした焼き上げになるそうだ。
立ち上がりの加熱時間は多少長くなるものの、一度安定すれば高温を保てるというのは、制御の困難な炭火の場合には特にありがたい。

羊肉を焼く羊サンライズの皆さん

さらに、見た目にも明らかな大きな特徴として、ジンギスカン鍋独特の形状であるドーム型の頂部を平らにした「フラットトップ形状」という革新性だろう。
ここには、羊肉料理の多様化に対応するための工夫がある。
従来のジン鍋のドーム形状は、ものによっては焼きにくい場合がある。
ジンギスカン好きなら一度は味わったことがある苦い経験ではないか。
そこで、平たい面をドーム頂部に設けることで、ドーム型ではうまく焼けない(置けない)ラムチョップや塊肉などをうまく置いて焼くことができるようになった。
さりげない工夫ながらも、これによって開かれるジン鍋料理の可能性は小さくない。
たぶん、焼きだけでない別の可能性も広がってくるだろう。

大きな可能性が平らな頂部にある

これらの特徴のほかにも、鍋の取手をなくして着脱式にしたシンプルなデザインや、フラットトップ形状の採用によって、扱いやすさ・重ねやすさが向上している。
また、多くの穴あき鍋で採用されている「スリット」(線状の溝)を「丸穴」にしたことで、油が熱源に落ちる量が減るため、ジンギスカン特有の匂いの元となる油の粒子の飛散も減らせる。
さらに、スリット周りの複雑な形状が解消されたことで、使用後の洗浄作業が楽になる。
などなど、工夫によるメリットはまだまだたくさんある。
それらはすべて「羊がおいしく食べられる環境」のためだと関澤さんは語る。

増田さん(左)と関澤さん(右)

さて、このあたりで、私からの新作鍋の説明はやめておこう。
あとはぜひSHEEP FREAKSの皆さんに聞いてみて、羊サンライズで実際に食べてみてほしい。

最後に、書きながら振り返ってみて、今回の新作鍋で圧倒的に胸を打ったのは、やはり「フラットトップ」の工夫だった。
人によっては、平たい部分で焼きたいのならジン鍋をやめて「鉄板で焼けばいいじゃん」となってしまうかもしれない。
しかし、私はこの「フラットトップ」化にこそ、まさに日本人が苦労して羊を飼い、毛糸を紡ぎ、羊肉を食べる道を拓いたのと同じ遺伝子を感じる。
ジンギスカン料理、そしてジンギスカン鍋に刻まれた苦労の歴史を土台に、より多様に、より美味しく羊肉を食べよう、楽しもうとする努力。
先人に敬意を払いつつ、次の世代へと楽しみ、美味しさを広げていく。
その一手が「フラットトップ」の意味するところだと思う。

フラットトップの革新性

今回の製品発表会では、実食のためにタスマニア産ラム(Lamb of TASMANIA)とニューサウスウェールズ産マトン、それにタスマニア産パスチャーフェッドビーフ(Cape Grim Beef)が無償提供された。
これらの輸入も、関澤さんたちが現地に足を運んで道を拓いてきたものだ。
最高の環境で育てられた羊と牛の肉だけに、感想は書くまでもなく美味しかった。
しかし、それらを今回の新作鍋で食すという体験は、まさに関澤さんたちが重ねてきた努力の結果と、彼らの眼差しの先にあるものを身をもって知ることであり、私的に言えば、緬羊人の歴史の新たな一コマに立ち会えたということでもある。
そんな意味でも、心から幸福感に満たされたひと時だった。

至福のひと時

終わり



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