王ドロボウJINGの感想
上記の記事に影響を受けて、『王ドロボウJING』を全巻買いました。そして読みました。
めちゃくちゃカッコイイ! キャラクター名が酒やカクテルの名前由来なのもお洒落だけど、一番は台詞回し。見開きページの書き込みにも震える。ただ、そうした部分には既に上記の記事で触れられているので、ここではあまり触れません。この記事では『キノの旅 -the Beautiful world-』との類似点と相違点とに言及しながら私が『王ドロボウJING』のどういった部分に惹かれたのかを語っていきます。
『キノの旅 -the Beautiful world-』は私が中学生の頃に読み漁っていた、今の私を形作っているものの一つとなっている思い出深い作品です。この『キノの旅 -the Beautiful world-』と『王ドロボウJING』には共通点があります。
両者はともに人離れした技量を持つ主人公と喋る人外とのバディものであり、何かしらのテーマを持った多様な国を舞台とする一話(一章)完結型の短編集のような構成をしている。そのうえ話の時系列もバラバラで、どの話から読んでもほぼ問題ない。少年漫画のようにキャラクターが成長するといったことも見られず、主人公は目的を果たすなどの区切りがつけばどれほど惜しまれようとその場を後にして再びどこかに去ってしまう。キノとジンの二人の主人公からはどちらも自由な旅人といった印象を受けます。
私はこの、一話完結型で時系列も殆ど考慮しなくていい構成の物語が好きです。主人公のこれまでを思い返す必要が無く、主人公以外のキャラクターも章ごとに固定なので前の話のキャラクターを思い出さなくていい。何より、その世界全体がどうであるかなどを考えずに今回の舞台となっている国の描写にどっぷりと浸かることができるのがこうした構成の物語の強みだと思っています。
『キノの旅 -the Beautiful world-』の方が現実に即した感じの世界観で、そこでテーマとなるものは社会の在りかたであることが多い。他方、『王ドロボウJING』の方はまるでおもちゃ箱のように個性的な街並みが描かれます。前者はキノが(あるいは他の誰かが)そこで何を見聞きしたのかを描写しているのに対し、後者はジンが宝を盗むまでの過程を語るダイナミックな冒険譚であり章ごとのヒロインとのラブロマンスでもある。つい半年ほど前にデ・キリコ展を訪れていたのですが、『王ドロボウJING』にデ・キリコ作品モチーフのものが出てきて驚きました。漫画媒体であることを活かして名作絵画を随所に仕込むのはイースターエッグ的な面白さもあってよかったです。『キノの旅 -the Beautiful world-』を読んでいたのは随分と昔のことなので大分あやふやな所がありますが、どちらも近しい構成を取りながらも作品の媒体や主人公の目的の違いから世界描写の角度が異なっていると言えるでしょう。
章ごとに絵柄が異なるという指摘が上記の記事にありましたが、その絵柄の違いは時系列を表しているんじゃないかな、と思っています。キールが卵から孵る話とかは意図的にジンを子どもっぽく描いている。『王ドロボウJING』の続編である『KING OF BANDIT JING』でも、第一話第二話の「楽園の子どもたち前後編」と第三話から始まる「神脳都市ラスティネイル編」ではジンの絵柄が違う。絵柄の違いで作品の時系列を表しているのだとしたら凄いことです。言葉以上の説得力がある。
ああ、やっぱりお洒落さに言及しないとたまらない。毎話ごとに挟まれる存在しない書物からの引用だとか、哲学めいた本編とは関係ない誰かの呟きだとか、そういったものが『王ドロボウJING』の世界には渦巻いている。自分のため自分の目的の為、宝の守護者たちを蹴散らして王ドロボウは盗みを働く。その過程で別のものをうっかり盗むこともあるだろう。
王ドロボウに時間を盗られてしまったので、今日はここまで。
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