イエスキリストという存在
ちょっと考えればわかりますが、神は人間ではありません。従ってイエスキリストは神の「子」ではあり得ないのです。
人間が非常に基本的概念で理解できるようにこの様に説明されているに過ぎません。なので「子」という言葉は文字通り受け取られるべきではありません。イエスは人間よりも遥かに神に近い別のレベルの霊界からの使者でした。彼のレベルは神のすぐ下という訳ではなく、彼よりも高度なレベルがまだまだあります。けれども、彼は人間がこれまで経験したことのないレベルから来ていました。
イエスの他にも同じ様な使者はいました、文書化もされています。
又それほど有名ではありませんが、同じ霊界レベルからきたストリートピープルもいました。そして彼らは見事に目的を果たしたのです。今現在地球上に使者がいるかどうかは伝えることができません。
イエスの死は完全に彼自身の選択でした。
神の運命によってではなく、人間の手と人間の意志によって殺されたのです。彼が人間の運命に身を置くことを選んだのです。彼は単に自身のウェルビーイングを人間の手に委ね、人間の望む様に行動することを許したということです。
あの様な死に方をしたのは、それが当時の習慣だったからです。彼には望めば死から逃れる力がありましたが、経験することを選びました。
彼が人間の罪の為に死んだと伝えられているのは単に聖書に組み込まれた合理化です。イエスの生涯と経験を理解するにはより広い理解が必要です。
人間にとって神をエネルギーの力として想像することは難しく、神を擬人化することはずっと簡単なのです。
( Toland さんのチャンネルに 表博耀さんが出演されていて、イエスも一人・一代ではなかったとお話しされていて不思議と納得しました。他にも日本人なら知っておいた方がいいと思う内容になっておりますので、もしピンときたらご覧になってみて下さい。)