オノ・ヨーコは月を嗅ぐ 言語アート『グレープフルーツ・ジュース』について
夜歩くなら、初夏がいい。薄手の上着を、いちおうは着て出かけるけれど、歩いていると脱ぎたくなるくらいの気温。昼間の太陽の名残を、生ぬるい風で感じるころ。その風に、冬が去ったなと肩のこわばりがゆるむころ。夜の公園に座っていると、自分が公園そのものになりそうで。自分と空気のさかいめがなくなって、身体が溶けだしていくようなこの夜が好きだ。
散歩から帰ってくる。玄関の電気をつけるとパチンと夢は終わる。そのつづきを家でも味わいたくて、春の晩にちょうどいい本を探す。これかなあ。
詩というより、現代アートなんだろう。世界をべつの方法で味わうためのインストラクションが収められた作品集。たとえばこんな感じだ。
録音しなさい。
石が年をとっていく音を。
空っぽのバッグを持ちなさい。
丘の頂上に行きなさい。
できるかぎりたくさんの光を
バッグにつめこみなさい。
暗くなったら家に帰りなさい。
あなたの部屋の電球のある場所に
バッグをつるしなさい。
月に匂いを送りなさい。
などなど。訳者によると、ジョン・レノンはおのヨーコのこの一冊にインスパイアされて、「イマジン」を作ったという。Imagine. という言葉は、ヨーコがジョンに与えた世界を変えるためのキーワードだと。
ふつうに考えて、どうやって月に匂いを送るんだよって思うけれど、既成概念を歪めてくれるところが爽快だ。この世界のあたらしい遊び方を教えてくれるようで。
喩えるなら、絵を描けって言われてふつうに紙のうえに絵の具を載せていたら、いきなり紙を破きだしたヤツがいた、みたいな感じかしら。
そうか、うまい絵を描くだけが画用紙の使い方じゃないのか、折り紙にして三次元で楽しんでもいいのかって、次元を飛び越えるような新しさを教えてくれるのがいい。
だってねえ、この本のラストはこれだもの。
この本を燃やしなさい。読み終えたら。
本は読むだけじゃない。本を燃やしてもいい。オノ・ヨーコがやっているのは、動詞を変えてみせることなのかもしれないね。
石を見るじゃなくて、石を聞く。
月を見るじゃなくて、月を嗅ぐ。
動詞ひとつで自由になれるってことを、教えてくれているのか。そんなこと考えながらイマジンを見て、寝よう。あの、窓を開け放つ手つきを。
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