「高学歴男女のおかしな恋愛~蛙化した彼とのその後~」第23話
余計なものを持たない里奈にとって、50平米を超える1LDKの部屋は広すぎた。
里奈はリビングを横切り、窓辺へと進む。
祥太郎に買ったもらった(といっても里奈がねだったわけではない。祥太郎が勝手に用意したのだ。くつろげる場所が欲しいからという理由で)マンションに住んで半年になる。
実家暮らしは気楽だったが、愛人生活には適してなかった。
帰宅すれば食事が出てくる生活は男がいなければこのうえなく便利だが、そうでないときは不便になる。
母から「今日はどうするの? 食事の必要はある?」と聞かれるようになり、里奈は初めて実家暮らしを息苦しいものだと感じた。
それに、人の目もあるので、ホテルに頻繁に出入りするのも好ましくない。
そういった行動に限って、必ず誰かに見つかるものだ。
だから、祥太郎にこの部屋を見せてもらったとき、「こんなもの貰えないよ。それに、必要ないし」とは言ったものの、内心は嬉しかった。
「大したものじゃないから、そんなに大袈裟に考えないでよ」
5千万円を超えるマンションが祥太郎にとっては「大したもの」ではないのだ。
そんな男に自分は愛されている。そう思うのは悪くない気分だった。
カーテンをめくると、そう離れていない距離に同じようなマンションが建っていた。
里奈の部屋は高層階だが、景色はあまりよくない。
みなとみらいは多くの高層マンションやオフィスビルが建ち並び、タワマン団地のようになっている。
都心に通うには距離があるため、セカンドハウスとして購入している人も多いと聞く。
「セカンドマンションとかいって愛人用だったりして」
自分と同じように愛人生活を送るべく部屋を買ってもらっている人間はどれぐらいいるのだろう。
里奈は目の前にいくつもある部屋の灯りをひとつふたつと数えていき、その数の多さに飽きて止め、高い天井まで伸びた広い窓に背を向ける。
里奈はリビングを横切り、腰の高さの棚の上に置いてある封筒を手に取る。
昨晩、祥太郎が置いていったものだ。
中には五十万円が入っていた。
これが愛人のお手当というものだろうか。
「食事も作ってもらってるし、何かに使ってよ。お金は邪魔になるものじゃないでしょ?」
中身を確認して驚いた里奈は祥太郎に袋を押し返す。
「そうだけど。でも、私、働いててお金に困ってないし、このマンションだって・・・」
「いいから、いいから。俺の気持ち」
気持ちを金に換算できるようになったか。
それは祥太郎の堕落か、進歩か?
「わかった」
とっておいていつか返してもいい。そう思って、里奈は祥太郎から金を受け取る。
そんなやりとりが二人の間で増えてきていた。
こんなことしていいのだろうか。
オフィスでの労働の対価としてのお金しか手にしてこなかった里奈には、この金が限りなく黒に近いグレーにしか感じられなかった。
しかし、改めてその金を眺めていると、自分はこれぐらいのことをしてもらっても構わないのではと思った。
マンションは行き過ぎだと思ったが、これぐらいのお金は貰ってもいい。
自分だって、祥太郎の妻に呼び出され、一方的なことを言われ傷ついたりしているのだから。