「道南いさりび鉄道」が呼び覚ます記憶の中の列車旅
北海道の南部、渡島半島の津軽海峡側に位置する木古内(きこない)町。
2016年3月に開通した北海道新幹線の北海道側の最初の駅がある街です。
そして、この木古内駅から函館駅までを結ぶ並行在来線が、第3セクターが運営する「道南いさりび鉄道」です。
「いさりび」は、漢字で書くと「漁火」の字のごとく、津軽海峡のイカ釣り漁船の灯りが海沿いを走るこの列車から見えることに由来しています。
ちなみに、札幌圏以外は非電化区間が多い北海道では、気動車も多く走っており、「電車」ではなく「列車」と私は昔から呼んでいます。
この「道南いさりび鉄道」も昔ながらの気動車で、乗り込むと昔と変わらない固定直角シートが出迎えてくれました。
そして、この日は夏の暑さ厳しい日でしたが、冷房が装備されていないため、車両内の全ての窓が開けられ、天井から送風機のようなもので風が送られていました。
いまでは、冷房が効く車両が当たり前ですが、私が高校生くらいまでは、北海道では冷房のない車両が普通にありました。
暑い日は窓を開放し、壁や天井に付いていた扇風機のスイッチを乗客自らONにするのです。
幸い、私の地元は北海道の中でも夏は涼しい所だったため、それでも十分すぎるくらい涼むことができました。
そんなことを思い出しているうちに、「道南いさりび鉄道」が動き出しました。
窓から北海道らしい爽やかな風が吹き込んできます。
停車中こそ熱気がこもっていた車内でしたが、動き出すと案外涼しいことが分かり、ちょっと前まで冷房を欲していた気持ちは、あっという間に薄れていきました。
それどころか、この冷房がなく、窓からの風が吹き込んでくる車両をとても心地よく思うようになっていました。
津軽海峡を望みながら、風を切って走り、無人駅に順に停車していく列車。
停車中には、セミや鳥の鳴き声が聞こえてきて、夏の気分を盛り上げてくれます。
新幹線は確かに早くて車内も快適なのですが、たまにはのんびりと、こんな列車旅も悪くないなと思いながら無人のホームを見つめているうちに、ふと、「そういえば、昔はこの開いた窓から弁当やお茶を買ったっけ」と記憶がよみがえってきました。
弁当売りのおじさんやおばさんが「お弁当いかがですか~」と回ってくるのを楽しみにしていたものですが、いまでは、まず見られない光景です。
そう考えると、新幹線はありませんでしたが、昔の方が贅沢な列車旅だったような気もします。
そうこうしているうちに、終着駅の函館が近づいてきて、高校生や若者で車内も徐々に混みあってきました。
この昔ながらの列車が、いまどきの若者たちの足となっているのを知り、少しうれしくもありました。
いまはまだ知る由もないとは思いますが、これから何十年か経ったとき、彼ら、彼女らにとって、この列車に乗った経験が、きっとかけがえのない思い出になるのではないかと思います。
私もそうだったように。
そんなノスタルジックな気分に浸らせてくれた「道南いさりび鉄道」。
また一つ、忘れられない旅の思い出が増えました。