見出し画像

キラキラをくらう親心

 くらってしまった。せっかく娘のいない生活に馴れてきたところだったのにな。子離れしたかっこいい親になってると思ってたのに・・・。娘の暮らす島を離れるフェリーのなかであふれてくる涙をぬぐいながら、わたしはそんな自分に動揺していた・・・。


 娘は地元の高校ではなく島留学という道を選んで家を出た。入寮・入学以来、ラインでのやりとりがある。「あれ送って」っていう用件が大半だけど、たまにはちょっとした雑談なんかも。文面から伝わる娘は、それはそれは元気に充実した生活を送っているようで、ホームシックの気配を1ミリも感じさせない。そんな姿は、頼もしくてとっても嬉しい。

 いっぽう、わたしには淋しさが押し寄せる。娘は自分でも「中身は40代」というくらい達観している。きっと人生2周目かそれ以上なんだろうな。だから娘っていうよりも同世代の幼馴染みのような、姉妹のようなそんな存在。気が合うので家の中でもよくしゃべっていた。ドラマを観てちょっと言いたいこととか、バイト先のおばちゃんとのしょうもないエピソードとか。夫や息子ではピンとこない話でも、娘に話すとしっかり響くからたのしい。ただそれって…、わざわざわざラインしてまで伝えるほどのことではないんだな。同居人だから話すちいさな話。ああ、わたしはこういう話をこれから誰にも言わずにのみ込んでいくんだな・・・。そう気づいたとき、胸がきゅっと苦しくなった。

 5月、そんな「きゅっ」にもだんだん馴れる。ほんと人間ってなにごとも馴れなんだ。気が付けば娘のことを考えない日も出てきた。そのくらいわたしは夫・息子・わたしの3人家族体制と自分の時間を愉しむようになっていた。ママ友に「さみしいでしょ」ってよく聞かれてたけど、可愛げなく「平気、平気〜」とこたえていた。ほんとに平気だったから。

 そして6月中旬、ここらで一度娘に会おうと思い、高校の文化祭を見に行くことにした。高まる期待を胸に島に渡る。文化祭はとっても盛り上がっていた。ソーラン部の娘の演舞も見られたし、娘がとってもたのしそうでいい仲間に恵まれている姿も見られた。
 ただ、文化祭ってどうしても生徒や先生や関係者たちがたのしむ内輪感がにじんでしまう。突然現れた島外の親としては手持ち無沙汰なところも多々あって…「あら、ちょっとアウェイ感?・・・」と縮こまりそうになる気持ちに、なんとか気付かぬフリをしてやり過ごす。そんなとき同じ寮生の親御さんに会えた。同じように手持ち無沙汰感を感じていると知ってなんだかホッとする。
 寮生の親御さんたちとはライングループもあったりして、ゆるくつながっている。文化祭後に数人でお茶もして、さっきのアウェイ感っぽい気持ちはすんなり消えた。高校生の子どもを家から出すなんて思い切ったことをする親たちは、バイタリティにあふれている。視野が広くて壮大な感じ。この人たちに知り合えたのも島留学のおかげ。娘、いい決断したね。こっちまで貴重な経験をありがとう。今日の文化祭、思い切って島まで来てよかったな。

 と、ここまでは、よかったの。

 夜、娘とゆっくり話す時間があった。これまでの島暮らしの充実っぷりを話す娘は、あまりにキラキラしていて眩しかった。眩しくて眩しくて、なんか遠かった・・・。そして寝付けなくなったまま朝を迎えた。

 翌日、予定で忙しい娘と早々に別れ、帰路につくフェリーの中。水面に反射する陽の光がキラキラして眩しくて、目を開けていられない。そのキラキラに負けないくらいキラキラしていた娘の姿がじわじわと胸に沁みてきてきゅうっとなった。娘がキラキラしていることは本気でうれしいのにな。絶対にいいことなのに。なんでこんなに切なくてさみしいんだろう。
こんな気持ちになるとも知らずに、わたしはなんて安易に島を訪れてしまったんだか。せっかく娘のいない生活に馴れてきてたのにな・・・。
 来たことに満足したり後悔したり、まとまらない感情を抱えながら、涙でぼやけた水面を見つめる。とりあえず次に島に来るときは、サングラスを持ってこよう。人目を気にせず思う存分泣けるように。

 帰宅後、ママ友に「どうしよう、さみしい」と泣きついた。まわりは子どもと暮らしている人たちばかりで、似たような経験をしている人はまだいない。でも想像して「わかるわかる」と慰めてくれた。なかには「それはきっと若さがうらやましいんだね」っていう人もいた。なるほど、さみしいだけじゃなくて、わたしは娘に嫉妬もしてるのか。かっこいい生活を送る娘に、親というより人として張り合うような心理もあるんだ。もう42歳だというのに、なんて未熟なんだろう。正真正銘、人生1周目だわ。

でもそれならそれで、そんな自分を受けとめるしかないじゃないか。わたしの人生だって捨てたもんじゃないんだから。同居していようがしていまいが刺激をくれる家族がいて、近所にも遠方にも話がしたくなる友だちがいる。娘がどこで暮らそうが、わたしはここでたのしく生きていける。この先息子も家を出るだろうけど、そのときもきっともう大丈夫・・・たぶん大丈夫。

 7月、娘のいない生活に再び馴れてきた。3人家族体制も自分の時間も心底たのしい。ただ…念のため、いつでも泣けるようにサングラスはポチッとしておいた。

いいなと思ったら応援しよう!