出来損なった親友〈加筆修正版〉

『出来損ないの恋』番外編




ほんまは、ずっと前から。
あんたの事が、好きやってんで?

逢……。



一出来損なった親友一


初めて出逢ったのは、高校の入学式だった。

新しい制服に袖を通して、新しい仲間と新しく始まる学校生活に胸を躍らせる、そんな生徒達の中に。一人だけ、浮かれていない、どこか冷めた目をした奴が居た。
それが、逢だった。

最初は、“何やこいつ” くらいにしか思っていなかったのに、気付けば目で追ってしまっている自分が居て。いつしか話すようになって、仲良くなって。
あっと言う間に、親友とも呼べるポジションを確立してしまっていた。

何でもそつなくこなせそうに見えるくせに、実際は優柔不断で甘ったれな逢と居ると、自然と心配事ばかりが増えて。望んでそうなった訳ではないが、「世話焼きな親友や」と言われる事も多くなっていった。

初恋かも知れないと思われた気持ちも、二人の間の深い友情の中に紛れてしまって。“どうしようもないのか” と、半ば諦めの気持ちを抱きながら。親友という関係のまま、高校生活は終わった。


デザイン系の専門学校へ進学した逢と、大手ではないもののそこそこの企業に就職した自分。

卒業後、別々の進路を歩き始めた二人だったが、この関係が変わる事は無く。何かあった時は勿論、何も無くても、互いに連絡を取り合っていた。

「彩。紹介したい人が居るんやけど…会ってくれるか?」
「お、おん」

逢の近況報告は、いつだって脈略も無く突然で。
あの日も、連絡してきたその日のうちに、“渡辺美優紀” に会わされたのだった。

“紹介したい人” が、どんな存在であるかなど、容易に想像出来た。
会うまでもない、どうして会わなきゃいけないのか、と。胸が締め付けられたのを、今でも覚えている。

高校時代、実は陰では人気があった逢。卒業して大人っぽさが増した逢を、周りが放っておく訳がないと思うと、昔のように傍に居られない事が気がかりで仕方無かった。きっと、すぐに彼女が出来るのだろうという予感が案の定、的中してしまった。
当時の逢が恋愛に興味が無かった事をいい事に、裏でしっかりと牽制していた罰が当たったのだと思った。

「彩。この子が、僕の紹介したかった人や。…えっと……最近、付き合い始めたばっかなんやけど…」
「初めまして、渡辺美優紀です。皆からは、みるきーって呼ばれてんねん。よろしくな?」

ふわふわした声に、女の子らしい服装と仕草。人懐っこい笑顔に、フレンドリーな言葉遣い。
自分とは全くもって真逆な女の子を目の前に、“絶望” とはこの事だと思った。

そして、一度も見せた事の無いような照れくさそうな顔をして、彼女を紹介してきた逢の一挙一動が気に入らなかった。
そんな顔を見せられて、彼女との関係を見せ付けられて、自分はどんな顔をしたら良いのか分からなくて。その日、どんな会話をして、どんな風に帰路に就いたのか覚えていない程、絶望的な一日だった。


そんな最悪な日から、数ヵ月。

互いに取り合っていた連絡は、どんどん頻度が低くなり。たまに連絡がきても、その内容は彼女に関する相談事ばかりになった。
それでも、逢の親友として相談相手でいられる事や逢に頼られる事は、素直に嬉しかった。

逢の気持ちが渡辺にしか向いていない事も、自分のアドバイスによって二人が上手くいく様子も、切なくて仕方が無かったけど。逢と接する度に、その幸せそうな顔を近くで見られるだけで、それは自分の特権なのだと。半ば強引に、自分に言い聞かせてきたのかも知れない。

二人の別れ話が持ち上がる度、“そんな女やめてうちにしたらえぇのに” と。何度、その言葉を発してしまいそうになった事だろう。
しかし、それだけは絶対に口にしてはいけない事くらい解っていた。

“うちと、逢は、親友やから。”
今更、それ以上にも以下にもなれない。

高校時代から、ずっと変わらない関係。そんな関係で居続ける事に、少しずつ傷が増えていきながらも、時は過ぎて。

遂に、二人が別れる、決定的な事件が起きた。
優柔不断な逢も、流石に覚悟を決める程の事件だった。いつものように相談を持ちかけてきた逢の声には、いつもとは違う、決意のようなものが感じられた。

「浮気されとるかも知れへん」、と。初めて聞かされた時、本当にはらわたが煮えくり返ってしまいそうだった。
思う所がありながらも、渡辺一筋な逢の幸せを願って、自分が不利になる選択肢ばかりを選んできた。そんな自分にとって、渡辺の逢を裏切る行為は、絶対に許せなかった。

しかし、あくまで自分は、逢の親友でしかなくて。
「逢がどうしたいのか、逢自身が決めて行動する事や」、と言う事が精一杯だった。

それから間も無く、逢は渡辺と別れた。
自分から別れを切り出したとは言え、傷心の逢を目の当たりにして。“これでうちにもチャンスがあるかも知れへん”、なんて安直な考えは浮かばなかった。

今まで通り、逢を傍で見守って、頼られた時に手を差し伸べる。そんな関係を、これからも変わらずに続けていく事が、自分に出来る事なのだろうと思った。それが唯一、自分にしか出来ない事なのかも知れないと思えば、救われる気がした。

そうやって自分を納得させようとしている間に、まさか朱里ちゃんに逢の気持ちが向いてしまった事は予想外だったが…。


いつもの如く、突然の電話。
渡辺と破局してからは、初めての連絡だった。

「どうしたらえぇんやろ…。朱里ちゃんはええ子やし、せっかく誘ってくれたんも嬉しいねんけど…」

渡辺の親友、朱里ちゃんから突然誘われたと、開口一番に叫んで。“どうしたらえぇか” なんて、うだうだと繰り返して。
相変わらずの優柔不断さに、最早、溜め息すら出なかった。

どうしても過る渡辺の存在に躊躇っているのであろう事は想像出来たが、きっと答えなど出ているに違いない。その上で、わざわざ連絡してくるなんて、本当に酷な奴だと思う。

「あー、もう! ごちゃごちゃ言うなや! あんたが引っかかってる事は分かるで? けど、流石に渡辺もそこまで図々しくないやろ。ちゃんと朱里ちゃんの事、考えてやり? …それに、もう答えなんか出てるやろ」
「出ないから彩に連絡したんやんか」

いつまでもはっきりしない逢に、痺れを切らしてしまって、一気に捲し立てた。

「うちに電話してきた時点で、答えは出てんねん! 朱里ちゃんに誘われて嬉しかったんちゃうん? でも、そこで渡辺が過ったから、どうしようってなったんやろ? それって、行きたいのに…って事じゃないんか?」
「……おん」
「行きたいんやろ? 四の五の言わんと、行ったらええやんか」

高校時代から、幾度となく繰り返されてきたやり取り。
少しも伝わっていない想いに締め付けられる胸の痛みを誤魔化すように、ついキツくなってしまう口調を、逢はどう感じているのだろう。

「…やっぱ、すげえわ。彩、さんきゅ」
「ったく、世話の焼ける奴や。毎回、豚まんで済ましてやっとるん、感謝しいや?」
「ほんま安上がりやわ(笑)。今回は串カツな!」

ほんまかいな、なんて笑いながら電話を切ったが。渡辺や朱里ちゃんのように女の子っぽくない自分が、こんな事を言ってしまえば引かれるだろうが。
本当は、心の中で泣いていた。

“あぁ、またうちじゃあかんかったんや”、と。改めて思い知らされてしまった。

「…女の子食事に誘うのに串カツって何やねん……アホ……」

逢の中で、自分が “女の子” でない事くらい解っている。こんな悪態をついた所で、余計に虚しくなるだけだという事も。
それでも、高校時代からずっと逢だけを見てきた自分にとって、この恋が報われないという事実を受け入れる事は、とても難しかった。

その日は、体中の水分が無くなってしまうのでは無いかという程、たくさん泣いた。


“親友” というポジションを素直に喜べなくなってしまった事を、認めるのが怖い。
この関係に、少しでも不満を持ってしまったら、きっともう傍には居られないから。

逢が求めているのは、“良き相談相手で頼れる存在である山本彩” で。逢の傍に、これからも変わらずに居続けたいと思うならば、ずっと “親友” で在り続ける事を選ぶしかない。

渡辺や朱里ちゃんに敵うものがあるとすれば、逢が “親友である山本彩” にだけ打ち明けた、唯一のトラウマを知っている事くらい。
「彩には聞いといて欲しいねん。今までも、これから先も、僕は彩にしか言わん」、と。全てを曝け出してくれた、あの日の出来事は、今でも鮮明に覚えている。不謹慎かも知れないが、逢と過ごしてきた時間の中で一番、胸が高鳴った出来事だった。

他の誰かでは手にする事の出来なかったポジションを手に入れた代わりに、渡辺や朱里ちゃんが手にしたポジションには、きっとこれから先も手が届く事は無いのだろう。

自分の気持ちを偽って、逢の背中を押す事に慣れてしまって久しいが。
朱里ちゃんと付き合い始めた事を、幸せそうに報告してくるであろう逢に。自分は、今までのように笑えるのだろうか。“親友” として、祝福してあげられるのだろうか…。

「おう、待たせてすまんな」
「“うちも今来たとこやから、気にせんでえぇよ。” …こう言うんが、女の子としての正解やろうけど。呼び出しといて遅いで! 待ちくたびれたわ!!」

これまた突然の電話で、「約束通り串カツや!」と呼び出されたのだが。呼び出しておいて、悪びれもせずに遅刻してくる逢に、嫌味の一つでも言いたくなるのは仕方の無い事で。

逢にそんな気が無い事は解っているが、デートと思い込めばそんな気にもなれるかも知れないのに、つい可愛げの無い憎まれ口を叩いてしまう。

「うーん、それも悪くないけど…75点ってとこやな」
「…は?」
「“ううん、待っとる時間もデートのうちやから…君が来るまでのドキドキも楽しかったで? これからもっとドキドキしよな?” …これが、100点満点の回答や」

随分と芝居がかった口調だったが、皮肉をやんわり流した上にドキドキさせてくる逢。まさか、逢の口から “デート” なんて単語が出てくるとは思わなかった。
最後のドヤ顔がどうにも腹立たしかったものの、不意打ちに戸惑ってしまう。

そして、まだ芝居は続いているのか、目の前に逢の手が差し出された。
この手を取ったら、今日一日だけでも、女の子として逢の隣を歩けるのだろうか。

「うっさい、勝手に点数つけんなや。……んで? 今日はどこに連れてってくれるん?」

やはり、そう簡単には素直になれない自分だったが、言葉とは裏腹に逢の右手を引っ張って歩き出す。きっと真っ赤になっているであろう顔を、必死に隠しつつ、逢の顔を盗み見ると。
繋がれた手を最初こそ驚いたように見つめていたが、悪戯っぽく笑って、またすぐに芝居がかった口調で話し始めた。

「とっておきの串カツ屋さんにお連れしましょう!」

よっしゃ行くぞー!、と。無駄に大きな声で、繋いだ手をブンブン振り回しながら駆け出す逢。
正直、周囲の視線だとか、振り回されている手だとか。色々と痛かったのだけれど。

もしも、逢と付き合えたとしたら、毎日こんな感じなのだろうかと。何となくくすぐったいような気持ちが湧いて、心地が良くて。
逢の口から直接、朱里ちゃんとの事を聞くまでは。せめて、串カツ屋さんに着くまでは。もう少しだけ、この擬似的なデートを楽しみたかった。

逢が求めている親友になれるまでは、まだ気持ちの整理が付かなくて時間がかかってしまいそうだけど。
二人を心から祝福出来る自分になれるまで、“出来損ないの親友” で居る事を。逢は、許してくれるだろうか。


…逢。

すまんけど、もう少しだけ…。


もう少しだけ……。



Fin.

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