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教育虐待②

前回のまとめと今回のはじめに

前回は、教育虐待とは親が行き過ぎた教育を押し付け、子どもに過度な心理的負担をかける虐待であることを説明しました。
また、私自身が幼少期に受けてきた教育虐待の体験を通して、実際にどのように行われ、当事者である子どもがそれをどのように感じるのかについてもお伝えしました。

今回は、小学生以降に私が受けた教育虐待について詳しくお話ししていきます。

行き過ぎた管理①テレビの制約

私がテレビを見て良い時間は1日30分と厳しく制限されていました。
ご存じの通り、ドラマやバラエティ番組は大体1時間なので、30分となると前半か後半のどちらかしか見られず、あまり楽しめません。
そのため、30分で完結するアニメを見ることがほとんどでした。

小学生でも学年が上がるにつれ、クラスメイトはアニメだけでなく、流行りの音楽やタレント、バラエティ番組の話題でも盛り上がるようになります。
私は話についていけないので、共通の話題が少なくなっていきました。
中学生、高校生になるとさらにそれが顕著になり、「どうしてこんな有名なタレントを知らないの?」と驚かれることもしばしばありました。
「親がテレビを見せてくれなくて」と答えるたびに、自分だけがこんな制約を受けているのだと、惨めな気持ちを味わいました。

ただ、「古畑任三郎」だけは例外でした。
どんなに長いスペシャル回でも、最後まで見ることが許されていました。
理由は「母が見たいから」。
私も一緒に見ていましたが、それは古畑任三郎が好きだったからではなく、単にその時間に学校の宿題や習い事の練習など他のことが終わっていて暇だったからです。
つまり、私にはテレビを見るだけの時間的な余裕があったのに、母の決めた視聴制限は「テレビは教育に悪い」という一方的な思い込みに基づいた、根拠のないものだったのです。

一度、「お母さんだけずるい、私もアニメじゃない好きな番組を最初から全部見たい」と言ったことがありました。
すると、母は乱暴にテレビのスイッチを切り、「特別に許可してやったのに!もういい、私も見ない!」と怒鳴りました。
私は「お母さんも見るのをやめてほしい」と言った訳ではないのに、まるで私が彼女の楽しみを奪ったかのように責められ、泣きながら謝るしかありませんでした。

母の好きなものを押し付けるばかりか、「ありがたく思われるべきご褒美」とまで位置付け、彼女の期待通りの反応が得られないときは、罪悪感を抱かせる形で私をコントロールする。
主観的な理由で子どもの楽しみを奪い、子どもの意思を無視して従わせる母のこのやり方も、教育を盾にした心理的虐待だと言えるでしょう。

行き過ぎた管理②その他の娯楽の制限

幼少期に続き、小学生以降も、与えられる玩具は厳しく制限されていました。
当時流行していたたまごっちやゲームボーイは、欲しいと言っても当然買ってもらえませんでした。
親の教育方針だと言ってしまえばそれまでですが、これまでの他の話と同様、私の母は明確な理由で説明することなく制限をかけるタイプでした。

幼いころはただ従うしかなかった私も、小学生になると、親と正面から向き合うことは無駄だと悟り、親の目を盗んで好きなことをするようになりました。
放課後は友だちの家で門限までゲームをするのが常で、友だちと遊べない日は、ゲームボーイを借りて布団の中に隠れて夜中までプレイしていました。
今、親となった立場で振り返っても、家庭でしっかり時間を決めて遊ばせる方がよほど教育的に良かったのではないかと思います。

音楽に関しても、家にあったのはクラシックのCDばかりで、流行の音楽にはまったく触れる機会がありませんでした。
ある日、父が車の中で当時流行っていたアイドルの曲をラジオで流した時のことです。
母は嫌そうな顔をして、「自分の娘と同じくらいの年齢のアイドルの曲を好きな大人なんて気持ち悪い」と言いました。
母の中には「立派な大人」のイメージが強くあり、それに当て嵌まらないものを許容できない性質だったようです。
だからこそ、子どもの意見や性格を無視して、彼女が「教育に良い」と信じるものを押し付けてきたのだと思います。

しかし、過度な抑えつけはいつかは子どもの反発を招きます。
そもそも、年齢を重ねるにつれ広がる子どもの世界を、親が徹底して管理することは不可能です。
私はクラスメイトが学校にこっそり持って来ていたウォークマンでロックを聴いた瞬間に心を奪われ、親に隠れてCDを買ったり、夜中にラジオを聴いて音楽を楽しむようになりました。

ここまで読んで、「あれ、アニメはどうなの?」と思われた方もいるかもしれません。
実は中学生になる頃から、母はアニメに対しても次第に良い顔をしなくなりました。
自分でアニメしか見られない環境にしておいて矛盾があると思うのですが…。
今でも私は母の嫌いな「大人のアニメ好き」です。

進路の強制

小学五年生頃から私は高校受験に向けた進学塾に通うことになり、それをきっかけに父も教育に関わるようになりました。
母と同様、父も学歴コンプレックスを抱えていたため、両親は揃って私に「良い学歴」を求めました。
しかし、それは両親自身のコンプレックスからくる期待だったため、私が受験に対して前向きになれるような理由を言ってくれたことはありませんでした。

当時の私は、自己肯定感が低く、将来の目標や夢を持っていませんでした。
偏差値の高い高校への進学にも特に関心がなく、自分の学力に合った公立高校に進学したいと考えていました。
何より、制約と勉強の押し付けが絶えない家から少しでも解放され、友だちとのびのびとした高校生活を送りたいと願っていました。

そんな私が志望したのは、学区内で上から3番目の公立高校で、自由な校風で学校行事が多く、友だちと充実した高校生活が送れそうな場所でした。

しかし、両親は「そんなレベルの高校では良い大学に進学できるはずがない」と猛反対しました。
最終的に、両親の「これなら公立でも認める」という、学区で最も難関の公立高校を目指すことになり、私立の志望校も、私の学力では到底合格できそうにない進学校ばかりが「私の志望校」として押し付けられました。

補足と次回予告

熱心に教育に取り組んでいる親御さんへ。
もし本当に子どものためを思って教育を考えるなら、まずは子どもとの信頼関係を築いてください。
できないことを責めたり、やりたくないことを無理にやらせるのではなく、その子の性格やペースに合った方法を親子で一緒に見つけてほしいと、心から思います。

次回の投稿は10/23(水)夜、教育虐待の体験談の3回目です。
「進路を強制された結果」と「犯罪に巻き込まれかねなかった高校生活」についてお話しする予定です。
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