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おとうと

第14話

2万円も母の財布から抜いていた件は、たこ焼きで霧散霧消してしまった。
母はガッツリ叱ったが目に涙をためて「ごめんなさい」と口にしたものの、
結局たこ焼きの美味さが勝ったのでは?という印象が拭えなかった。
悪さするのが子供とはいえ桁が違いすぎると感じたし、
何よりしっかり叱り飛ばしてくれるべき存在であるはずの父が
弟を溺愛するが故、それらをなあなあに済ませてしまったことが
引っ掛かったし、聊かショックでもあった。

昭和の終わり、弟は小学生になった。
普段はとても可愛い。素直だし優しいし、自然と弱者に寄り添い
手助けする子でもあった。
ただお金が絡むと人が変わる。
平気で人を貶めるし、自分の利益のためなら嘘も平然と吐く。
「それはとてもいけないことだ」
と母が何度言って聞かせても、都度返事はするものの
芯に入っていない様子は変わらなかった。
友達に手紙を書くためにレターセットをファンシーショップに
買いに行ったときのことだ。
弟も一緒に行くというので連れて行った。
沢山の種類がある可愛らしい便箋や封筒を選ぶ間、
弟は私の傍にいたりいなかったり
あちこち見て回っていたようだった。
これ、という商品を選びレジに向かう。
たしか350円のセットだったと記憶している。
消費税もない時代、私は財布から350円取り出した。
レジを打っていた若い女性店員が「714円になります」
と言うので驚いた。
「え?」
と覗き込んでいた財布から顔を上げ、ふとレジに並べられた
キャンディやガムなどが目に入る。
断りなしに弟が選んだ品々。
「これ買うの?」
「うん」
歩いて15分ほどの距離、付き合ってもらったし「まぁいいか」
と軽く考え、沢山の飴やガムや買い与えた。
こういうことをしてしまうから弟は甘え、
増長してしまったのかも知れない。この頃は気付きもしなかったが。

帰宅して母に「この子こういうところがあるよ」と報告する。
ふんふんと頷きながら聞き、
「そういう時はお姉ちゃんにちゃんと『買っていい?』って聞くの」
と注意してくれたが、弟は沢山のお菓子にご満悦で
「うん」
と軽く返事をした程度だった。私たちもそれで済ませてしまった。
様々なゲームソフト、ソフトに対応する各種ゲーム機。
美味しいごはん、沢山のお菓子。
過分に与えられるのが当たり前と考えていたのかも知れないと、
随分経ってからふと思うことがあった。
弟は愛されていた。
私は年の離れた弟を、赤ちゃんの頃から
頼まれもしないのに母親ヅラして可愛がっていたし、
母も私が幼少の頃とは別人のように丸くなって、
穏やかに話し接することができるようになっていたし、
父は財力にモノを言わせて弟が望むもの全て買い与えてしまうし。
NOを突き付ける人が誰もいなかった。

「僕は誰にも必要とされていない」
少し成長して弟は稀に口にするようになるが、
あの頃の気持ちを双方素直な心で向き合い、聞いてみたい。
そして、何が過剰で何が欠落していたのか、考えてみたい。
「それは甘え」と片付けられるようなことだったのか、それとも
「そんな風に考えていたのか」と驚かされるようなことのか。
今もってそれを知らずにいるのは、私の数ある後悔のうちの一つだ。


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