おとうと
第23話
社会人1年生になった。
新車購入しマイカー通勤が始まる。
新社会人は期待と不安に胸を膨らませ、などといわれるが
私は不安しかなかった。若い頃は酷く悲観的だったから。
弟は6年生になった。
勉強は相変わらずできないしゲーム三昧の日々なのも変わらないし、
メチャクチャ食べるからメチャクチャ太っていた。
来年から中学生になるんだから
ある程度は学力も付けておかないと色々マズいよ、と
アドバイスするのだが
「うん」
と気のない返事が返ってくるだけ。
分かってるの?と強めに聞いても「うん」と。
勉強した方がいいと言いながら私も頭の中では
中学を卒業したら父の会社で働けばいいと
安直に考えていたので、それ以上勉強を強いることはしなかった。
「勉強する必要がないと思うならしなくていい。
その代わり人生はとても大変になるけど、そこ分ってるのよね?」
私も勉強はできなかった。
得意教科は国語だけ。中学3年2学期の通知表を見た母が
青ざめ絶句したことは、未だに忘れられない。
とはいえ小学校までは母からの恐喝を受け
仕方なく机に向かっていた。
だから基礎学力はついていた。というか、つけさせられていた。
勉強のコツも一応掴んでいたし、どうしても一定以上の
点数を取らなければいけないテスト前は
大人しく教科書と参考書を開き、シャープペンシルを走らせた。
取り合えず専門学校まで卒業できたのは
そういう「小手先の勉学」だけはある程度やれていたからだ。
弟もそのタイプだと思っていた。
基本アホだけどアホなだけで学生生活は送れない。
アホなりに学生が学校生活を送る上で
どうしても逃れられないピンチは
どうにかこうにかして、潜っているのだろうと。
ある日仕事から帰宅したら
珍しく母が弟に激怒していた。弟の両頬は赤く腫れていた。
平手打ちを一発二発食らったくらいでこうはならない。
「どうしたの?」
開口一番尋ねる。
ゆっくりこちらを向いた母の顔は仁王のようだった。
その日PTAに出席するため学校に向かった母に
弟の同級生の母親が声をかけた。
「先日は素敵なプレゼントありがとう」
と。
ありがとうと言いながらとてもツンケンしているので
何事かと思えば
「うちは誕生日以外、ゲームは買い与えないと決めてるの。
息子さんの気持ちは嬉しいけどああいうことされると困るの」
またやったのだ。
父の財布から10万円抜いていた。
弟が友達数人と
「これからデパートに行く」
と言った朝、私は会社に向かう車中
歩いてデパートに向かう弟たちに手を振った。
「いってらっしゃい」の気持ちを込めて。
日曜日だった。晴天だった。
みんな楽しそうにしていた。
子供たちが小遣いを貯めて
デパートのおもちゃ売り場に出かけ
お目当てのゲームソフトを購入するのか。
実に微笑ましく感じ、見送った。
小遣いを貯めていると考えた、そこが既に誤りだった。
私も怒り狂った。
10万円とは。小学生が。
母親の財布から100円ならまだ分からなくもないが、
でもこの時点で弟は既に6年生。
そんな未熟でも未発達な学齢でもない。
「私が車から手を振ったとき、もう10万円盗ってたってこと?」
我ながら下らない質問をしたと思う。
しかしそんな発言をしてしまうくらい、
弟たちはとても楽しそうにしていて
とても父の財布からカネを盗み
それを元に大盤振る舞いしようと企んでいたなど
考えられないほどに、子供らしい輝きを見せていたのだ。
思いつく限りの罵詈雑言を吐き散らし、
私は弟を殴りつけた。
ごめんなさい、ごめんなさい、と泣き喚く弟を
これ以上ないほどにぶちのめした。
「お前これで何度目だよ!」
ガッカリとかげんなりとか、
そんな簡素な言葉で埋められるほど
易い衝撃ではなかった。
小遣いなら小学生当時の私より、遥かに多い額を手にしている。
それに父に甘えれば湯水のようにカネを使ってもらえるから
困っていることなど何もないはず。
なのに父の財布に手を出す。
当時父は現金を常に50万円ほど財布に入れていたから、
10万円抜かれていても気付かなかったらしい。
母から電話を受けて「今からそっちに行く」と言い、
今は父の到着を待っているところだと。
暫くして父が自宅に入ってくる。
そして、母と姉にボコボコにされた弟を一目見て言い放つ。
「あまり酷いことをするな」