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おとうと

第18話

溺愛する父
父の接し方に顔を顰める母
そんなの無視してそれなりに可愛がる姉
弟を取り巻く家庭環境はこんな感じ。

幼稚園に通う頃から「友達ができない」とこぼしていた。
「我儘ばかり言えば嫌がられるのは当たり前」
母が諭すが理解するに至らない。
自分を変えようとする努力は、この頃から足りなかったように思う。
どこか他罰的で、優しい面も多分にあるけれど気性も荒い。
家では敵なしの弟、他人と関わるようになって壁にぶち当たった。
程なくそれは解消されていくのだが、それでも弟を
極端に嫌う同級生はいて、この頃からいじめのようなものに
遭っている様子があった。
それほど酷くはないのだが、仲間外れにされたり
「嫌い」と面罵されたり。
姉の欲目、可愛い弟の姿しか知らなくて、私はかなりの同情を
弟に寄せたものだ。
小学校に入学した辺りでこの雰囲気はなりを潜め
友達らしい存在も数人ではあるが、目にするようになる。
名前、自宅の場所、関係性。
弟は色んなことを教えてくれた。
「今日は〇〇君の家で遊ぶ」
学校から帰宅して着替えて家を出る。
子供が社会性を身につけていく様を眺めた。
角張った部分が丸みを帯び、他者とも交流できるようになる。
喧嘩をしたり「もうあの子とは遊ばない」と宣言したり
そういう諍いはあったけれど、まだ大きな衝突とは無縁の様子だった。

丁度その頃。
私は全くそういったことに関心を持たない子供だったのだが、
弟は懸賞に強い興味を示した。
「〇〇を幾ら購入したら××に応募できる」
というアレだ。
商品についたシールを貼付するタイプ。
往復はがきに応募券を貼付するタイプ。様々。
近所の文房具店から葉書や往復葉書を購入しては
せっせと応募していた。のだが。

「それ相手が書く部分だよ」
返信部分に何やら書き散らしていたので、私は注意した。
弟は顔を上げ「ん?」と訳が分からないといった様子だった。
「『往・復』葉書だから。送る方が書くのは『往』の方。
相手が返信するのは『復』の方。そのくらい分かるでしょ?」
分からなかった。弟は。信じられないくらいに理解していなかった。
葉書だって郵便番号欄がある方に必要事項を記入するから
宛名の書き方が分からないと口にする。
少々驚いてしまった。
こんなことイチイチ教わった記憶がなかったからだ。
自然と理解した気がする。「こういうものだ」という常識的なことは
学校で先生が成り行きで教えてくれたり、友達から聞いたり
これというきっかけはなしに、自然と身に付けていったような。

「どうして分からないの?」
ついそんなことを聞いてしまった。
弟がどんな気持ちになったか、想像することさえ躊躇ってしまう。
とても酷いことを尋ねてしまった。
自分と比較して「知らない」「分からない」ことがあるというだけで
「信じられない」「有り得ない」と、その都度反応してしまっていた。
葉書の書き方はその場で教えたから、以降間違えることはなかったけれど。
学齢からして身についていると判断してしまうことを
知らない、できない、分からない、ことが弟は多かったように思う。
教えれば理解はするのだけれど。

あれも頑なで一面的な性格の片鱗だったのかと考える。
可愛いがるだけで子供は育たないということも。


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