おとうと
第34話
ゲームをしていた。
確かドラゴンクエスト6。
私も弟も無類のドラクエ好きだ。
ポテチを開けジュースを置き弟のプレイを眺める。
弟はゲーム全般上手かった。
私はかなり引っ掛かるドラクエもサクサク進めていく。
弟のプレイを見るのは好きだった。
ポテチを口に運びゲームに口を挟み
ウザい姉はその日、呑気に過ごしていた。
弟が溜息をもらすまでは。
「やっぱりお姉ちゃんの母校を受けていればよかった」
「え?」
思わず聞き返す。「やっぱり」って何よ?
私が決して褒められた学生じゃなかったことが
あんたの足引っ張ったんじゃなかった?
だったら「やっぱり」なんて言わないよね?
私の短い問いに弟が打ち明けたのは
「呆れてものが言えない」ラインを軽く超えるものだった。
二学期が終わる前。私に母校受験を諦めたと打ち明ける少し前。
弟は仲の良かった同級生のA子さんと大喧嘩したのだった。
A子さんも私の母校を受験する予定だったらしく、
弟は「一緒に登校しよう」と約束していたらしい。
ところが受験前の大喧嘩。
一度揉めると寛容さが全くなくなる気質は
ここでも発揮されていた。
A子さんの全てが受け付けられなくなった弟は
そんな理由で志望校を変更したというのだ。
「学科が違うなら殆ど関わらないよ。あんたバカじゃないの?」
「学内はそうでもスクールバスで一緒になる」
同じ中学に通うのだ。スクールバスも同じ番線になるのは必至だ。
それより何より呆れたのは、A子さんと喧嘩した事実を隠し
もっともらしく私に、志望校を変えた理由を擦り付けたことだ。
「あんたあの学校受験しないのは私の所為っていったよね?」
ハッと我に返り急に怯みだす。弟の非常に悪い性質だ。
さすがに手が出た。どれほど責任を感じたと思っているのだ。
お前が考えるより遥か強いものを背負ってたんだ、馬鹿野郎。
そんなことを早口に怒鳴り、私は弟に宣言した。
「お前の進学先はお前にが務まるような学校じゃない。
あんなとこに進むと決めたのはお前だ。どうせ立ち行かなくなる
お前を守るつもりでいたが、根本が狂うならその理由もなくなる。
何があっても必ず通学しろ。とんでもない学校だが不登校は許さん。
何が何でも卒業しろ。必ずだ!」
私に叩かれ気まずそうに項垂れ、弟は無言で場をやり過ごそうとした。
テレビから流れるドラクエ6のフィールドテーマだけが美しい。
お前ってやつはとどれほど詰っただろう、この時。
実際弟はすぐに登校できなくなった。
当たり前だ。地元のヤンキー全員ごった煮するような場所だ。
飢えたオオカミの群れに丸々肥えたウサギ一匹放つようなもの。
あっという間に捕獲され食いつくされる。
皮も肉も全部。
骨だけになった弟に登校する気力はなかった。
たまにくる連絡網の電話さえ、私に受けさせ私に次繋がせた。
通学できなくなった弟に私はかなり辛辣にあたった。
A子さんとは卒業直前に仲直りしていて、
「お姉ちゃんの母校受験すればよかった」
とは、それが理由の発言だったのだ。
A子さんは私の母校を受験し合格。
弟は札付きのワルが通学すると有名な学校に
A子さんと通学したくないという、バカみたいな理由で
入学することになった。
全ては弟の責任だ。その責任をコイツは私に擦り付けようとした。
許せなかった。何もかもが。
母も私も働いていたので
「スクールバスに乗り遅れた」
と、弟が言い訳がましく帰宅するのを尻目に
さっさと出勤した。弟に一瞥もくれなかった。
スクールバスに乗り遅れることエブリディ。
んなわけあるかと突っ込む気にもなれない。
こうなることは分かっていた。
弟があの学校を受験すると口にした瞬間から。
分かりきっていた未来に突っ走った弟を、私は暫し
受け容れることができなかった。
スクールバスに乗り遅れようが
ちょっと熱があろうがそんなこと
全く相手にしない日々が続いた。
それ以外の会話ならしていたが、学校に関するものは全てスルーした。
「退学したい」
言い出したのは梅雨明け前。
はやっ、と思ったのはここだけの秘密。
唖然茫然の後
「あんた何言ってるの!」
と大声を出す母にも無反応を決め込んだ。
どうせこうなると思っていた。
ただ、1学期ももたないとは思っていなかった。