おとうと
第5話
キュービーポップが好き。
キャンレディが好き。
グレープフルーツゼリーが好き。
グリーンガムが好き。
アンバサが好き。
はちみつレモンが好き。
ポテトチップスはものすごく好き。
好き嫌いはなかったように記憶している。
肉・魚は勿論野菜も好んで食していた。
私は自分がピーマンが大嫌いな子供時代を過ごしているから
弟がピーマンと卵の炒め物などももりもり食べる姿を見て
かなり不思議な気持ちを抱いたものだ。
「おいしい?」
と聞くと、うん、と大きく頷く。
シシャモも頭から齧るし、納豆ご飯も大喜びで食べる。
母が公園に連れて行けば元気よく遊んだという。
ブランコに乗ったり滑り台に興じたり砂場でお城もどきを造ったり。
休日は私が公園に連れて行くこともあった。母に遊ばせ方を教わって。
「あなたもそうして遊んでいたのよ」
と母に言われてもピンとこなかったが、赤ちゃんが成長していく様を
つぶさに見ていられる環境にいたことはとても幸せだった。
弟は何せ優しい子だった。学校から帰ると「待ってました!」とばかりに
私に纏わりつく。
一緒にテレビを観たり本を読んでやったり、3歳にもなれば結構な
コミュニケーションがとれるようになってくる。
お話も上手にできるようになった。ほぼ喋らない子だったのが
急速に色んな言葉を発するようになる。
言葉が文章として成立するようになり、「おねえちゃんだいすき」と
笑顔で言ってくれることも増えていった。
「私もあなたが大好きだよ」
そう言って抱き締める。3歳の子供の体はまだまだ柔らかく
もう消えたと思っていたミルクの甘い香りがほんの少しだけ漂ったりする。
そんなときはその香りを思い切り吸い込む。
じき失われてしまうと悟っていたからだろう。
どこか大人びたところもあって、周囲をハッとさせることもあった。
和室で座ってテレビを観ているとき、私を避けて通ろうとする。
危ないからと前を通そうと体を後方に倒すと
「もう、いじわるしないで」
と私を嗜める。通せんぼされたと思ったのだ。
誰にも教わらないのに人の前は通らない。
「危ないから前通りな」
そう言っても聞かず、私の後ろを通り別の部屋に遊び道具を取りに行く。
父がアイスを買ってきたときも母や私に行き渡っているか
ちゃんと確認してから、渡されたアイスを開けてとせがむ。
母が仏壇の前に座り読経しているとその隣に小さなお尻を並べ、
目を閉じて両手を合わせる。
どうして?まだ3歳なのにどうしてこんなことができるの?
出来の悪い姉は驚かされるばかりだった。
風邪をひき母が病院に連れて行った際に同じく来院していた
同世代の子供に
「おおきいおかお~」
とからかわれても、物怖じしないが意地悪もせず
じっとその子の顔を見るだけで何かを言い返すこともしなかったそうだ。
私がテーブルの上に両腕を置いて座っていると片方の手を取って
テーブルから腕を離させ、膝の上に座る。そんなことをする子でもあった。
「牧歌的な子」と母は弟を表した。私はそこで牧歌的という言葉を覚えた。
転んで怪我をしたり迷子になったり、子供特有のハプニングは起こすけれど
実に健やかに穏やかに、弟は成長していた。
可愛くて仕方がない弟はある日、母にこんなことを尋ねる。
「どうしてぼくにおちんちんがあるの?」