美しい人…「AUDREY」
その人が本当はどんな人かって一生生き切ったときにはじめてわかるのだと思う。自分の人生を終えてみないと、自分てなんなのかわからないんだと思う。
人は…息子や娘は私が死んだら…私のことをどんなふうに語るのだろう。
生きている時間てなんだか長く感じるし、いろんなことをやってるような気がするけど、死んだあとに、物語られる部分てほんの一部分。そこに自分のすべてが凝縮されてしまう。それってちょっと怖いなって思う。でも、もし、そうであるならば、死は終わりではなく『完成』なのかもしれない。そう思って生きたら、人生も変わってくるかもしれない。
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ちょっと前になるけど、「オードリーヘップバーン」の映画を見た。
今もなお、愛され続けるオードリーヘップバーンの生き方を清らかに美しく描いた作品だった。ただでさえ美しいのに、選りすぐりの美しい姿の数々がスクリーンに映し出されていた。
世の中には美しい人がいっぱいいるけど「世界中が恋をした」とか言われるだけあって、若いころのヘップバーンは本当にかわいかった。愛さずにはいられない美しさだって思った。「女優」という存在が今よりずっと特別な存在だった時代の人だけど、こういう存在感のある人ってこれから先出てくることないんだろうな…って思いながら映画を見た。
あんなに美しくても…自分の姿にまるで自信がなかった、という話は有名。
お金も人気も地位も人脈も欲しいものはすべて手の内にありながら、華やかな世界に執着することなく、結婚後は家庭と子供たちとの生活を選び、公にはあまり姿をあらわさなかったオードリー。花には終わりがあるように、美しいもののはかなさを人一倍知っていたから。引き際も知っていた。
彼女が愛した家、庭、子供たちとのプライベートの映像を見たのはじめて。
幼いころ、父親に捨てられ、幼少期に世界大戦を経験したたオードリーが、求めたのは女優としての不動の存在ではなく、安心感。家族との幸せ。緑に囲まれた美しい庭にいる時、本当の自分を感じていたのかもしれない。
50代60代、晩年のオードリーはリアルタイムでテレビで見たことがある。
ユニセフ親善大使として、飢えに苦しむ子供たちの中に入ってゆく姿だった。
慈善活動を始めた理由は、終戦を迎え、アメリカ兵がやってきて、食べ物をたくさん配布してくれた時、飢えという苦しみが食べ物で救われる経験をしたから。
自分が世界に向けて訴えると、世界中が動く。「オードリーヘップバーン」という存在の影響力がそこに生かされた。
私も人生の折り返し地点あたりまで生きたから、見えるのようにったのかもしれないけど、晩年のオードリーは本当に美しいと思った。若いころとは質の違う、まっすぐな姿勢、凛とした美しさだった。
魅力的な唇のためには、優しい言葉を紡ぐこと
愛らしい瞳のためには、人々の素晴らしさを見つけること
スリムな体のためには、飢えた人々と食べ物を分かち合うこと
豊かな髪のためには、一日に一度、子供の指で梳いてもらうこと
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オードリーヘップバーンが愛した詩として有名な詩
この詩に続きがあったことを知ったのは映画を見終わってから。
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美しい身のこなしのためには、決して一人で歩むことがないと知ること
人は物よりはるかに多く回復し、復活し、生きかえり、
再生し、報われることが必要なのです
繰り返し、繰り返し、報われることが
決して何人たりとも見捨ててはなりません
人生に迷い、助けて欲しいとき、いつもあなたの手の先に
助けてくれる手がさしのべられていることを、忘れないで下さい
年をとると、人は自分にふたつの手があることに気がつきます
ひとつの手は、自分自身を助けるために
もうひとつの手は他者を助けるために
女性の美しさは 身にまとう服にあるのではなく
その容姿でもなく、髪を梳くしぐさにあるのでもありません
女性の美しさは、その人の瞳の奥にあるはずです
そこは心の入り口であり、愛情の宿る場所でもあるからです
女性の美しさは、顔のほくろなどに影響されるものではなく
その本当の美しさは その人の精神に反映されるものなのです
それは心のこもった思いやりの気持ちであり、時として見せる情熱であり
その美しさは、年を追うごとに磨かれていくものなのです
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幼いころの悲しい出来事、戦争というつらい体験が原石で
辛かったから苦しかったから悲しかったから自分に自信がなかったから
自ら磨き、輝かせている
本当の美しい光を放つ
愛という光を放つ輝く宝石のように感じた。
世界中から愛される女優としてのヘップバーンも素敵だけど
私はユニセフ親善大使になってからの凛とした姿が好きだ。
この詩も冒頭の部分しか語られないことが多いけど、本当に大事なのは後半部分だし。
横顔だけではわからない
見せているほうの顔
見えていないほうの顔
知られていない部分のほうが真実だったりする。
見えているところだけで人を判断してはいけない
そして、もう一つ言えるのは、
人は時間をかけて成長してゆくもの
最後まで生き切ってみないと、その人の本当の姿ってわからない。
女性の美しさは、その人の瞳の奥にあるはずです
そこは心の入り口であり、愛情の宿る場所でもあるからです
女性の美しさは、顔のほくろなどに影響されるものではなく
その本当の美しさは その人の精神に反映されるものなのです
それは心のこもった思いやりの気持ちであり、時として見せる情熱であり
その美しさは、年を追うごとに磨かれていくものなのです