放課後グリコ
「じゃんけんぽん!」
不意にそんな声を掛けられて、私は反射的にぐっと手のひらを握った。すると背後から不意打ちで勝負を挑んで来たクラスメイトが「あーあ、負けた」とへらりと笑い、チョキを作った手を見せる。
「お前の勝ち。先に行け」
「……えーと、何が?」
「何言ってんだ、グーで勝ったんだから“グリコ”だろ」
さも当然のように彼は言い放った。私は唐突すぎる流れに若干戸惑いながらも、とりあえず彼の言う通りに「ぐ、り、こ」と歩を進める。すると再び始まるこのゲーム。
「はい、じゃーんけーん!」
「えっ」
「ぽん!」
次はパーを出した。彼はまたもチョキを出していて、「やったね」と口角を上げると大股で六歩進む。
「ち、よ、こ、れ、い、と」
「……子どもみたい」
「いいんだよ、はいもう一回!」
「えー、まだやるの?」
呆れたが、彼は性懲りも無く手を出して。しょうがないなと溜息を吐き、私も一応付き合っておく。
「じゃん、けん、ぽん!」
彼はまたチョキ。私はグーだった。「ぐ、り、こ」と呟いて三歩進めば、すぐ隣に並んだ彼がやんわりと頬を緩める。
「俺、次はパー出すよ」
そして、彼はまた唐突にそんなことを言い始めた。手の内を明かすだなんてどういう事だ、と訝る私に「だから、」と彼は更に言葉を続けて。
「……もし、次、お前が俺に勝ったらさ。ソレ、明日俺にちょうだい」
「……?」
彼は私の手元を指差して微笑む。でも、“ソレ”って何? 私、今別に何も持ってないのに。
頭に疑問符をぷかぷかと浮かべながら、私は自分の手元をじっと見つめる。
次、彼が出すのはパー。私が勝つにはチョキ。チョキを出したら──。
「……!」
はっ、と今日の日付を思い出して、ようやく私は彼の思惑を理解する。今日は、二月十三日。──つまり、明日は。
「……もしかして、その為にこのゲームしてたの?」
眉を顰めつつ問えば、彼は悪戯を成功させた子供のような笑顔で「さあ?」と肩を竦めてすっとぼける。そしてすかさず手を出して──。
ああ、ムカつく。なんてずるいやつだ。
「ほら行くぞ、じゃーんけーん、」
ぽん。
掛け声と共に、私は不服げに唇を尖らせたまま右手を彼に突き出した。一方の彼は、宣言通り大きく開いた手を私に繰り出していて。
「──あーあ。負けちまった」
残念そうに放たれたその声とは裏腹に、緩みきっている彼の顔。その口車に乗せられてまんまと勝利してしまった私は、やっぱりなんだかちょっとだけムカついたから、とんでもなく大股で、六歩ぶん前に進んでやったのだった。
「ち、よ、こ、れ、い、と!」
.20200329 umekob.
いまさらバレンタイン小話再掲です。
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