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[いいだせなくて]| 青ブラ文学部

(本文811字)

お店の棚に並んでいた縫いぐるみのぼくを、どこかのおばあちゃんが見て言ったんだ。
──これ、サワちゃんに買って行ってあげましょう

ぼくはくま。

こうしてぼくはサワちゃんちのくまになった。
幼稚園から帰ってくると直ぐに、サワちゃんはぼくを抱っこしていつもお話してくれた。

「今日、オサムくんと砂場でお城作ったんだ。」
「モンちゃんとお絵かきしたの。」
モンちゃんは仲良しみたいで、いつもモンちゃんの話をするんだ。

サワちゃんの行ってる幼稚園ってよっぽど楽しいところなんだろうな。
寝る時もいつも一緒。
サワちゃんのヨダレがついたりするけど気にしないよ。
時々サワちゃんのお母さんがぼくを洗ってくれる。
とっても気持ちがいいんだ。

中学生になっても、ぼくとサワちゃんは一緒だった。
「くまこ、私ね、ツダさんて人に苛められてるの。モンちゃんもいじめっ子の中にいるんだよ。でも、モンちゃんは後から『サワちゃんごめんね』ってコッソリ言ってくれるの。そうしないとモンちゃんもツダさんに苛められちゃうからしょうがないんだよ。」

前はヨダレだったのに、サワちゃんの涙でぼくはボトボトになった。

サワちゃんにはマコトちゃんていう不良のお姉さんがいて「モン子、シめてやる」なんて物騒なことを言ってた。
本当にはやらないけど、それだけサワちゃんを可愛がってたんだ。

「サワ、くまこって、アンタこの子、男の子じゃない?リボンとかこんなヒラヒラの服着せてるけど。くまこ?くま公?」
「ちょっと!くまこのことポリ公みたいに呼ぶのやめてよ。」

ぼくの心は躍ったよ。
ずっと言えなかったけど。
マコトちゃん、ありがとう、

そう、ぼくは「くまこ」じゃなくて「くま」。
一応男の子なんだけど、サワちゃんが「くまこ」ってつけてくれたから。
どっちでもいいや。
それがぼく。

ぼくはくま。
名前はくまこ。

お母さんがぼくを洗ってくれて、サワちゃんがぼくの破れたところを縫ってくれた。

「くまこー、モンちゃんと遊んでくるよ。」



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山根あきらさんの企画に参加させてもらいました。