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多羽(オオバ)くんへの手紙 ─18─

勉強はわりと出来たほう。
無い物ねだりだと思われるだろうが、
本当は運動がよく出来たり
手先が器用で物を上手く作れるような
そんな人に私はなりたかった。


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水澄ミスミ賀子カコの宿題見たって。」
夕飯の支度中の母に頼まれた。

母は「勉強の出来る私」よりも、あまり勉強は出来ないが可愛げのある賀子カコを可愛がっていたように思う。
母にとって「勉強の出来る私」だけに価値がある。
その頃の私はそんな風に感じていた。

賀子カコ、どれが分からんのん?こっちはわかるん?」

賀子カコは人の世話を焼いたりおしゃべりしたり、とにかく気が散っているタイプの子だった。
おそらく授業中もそうなのだろう。

私も少しきつい口調になっていたかもしれない。

「みいちゃんイヤやわ!もう勉強なんかしいひん!」

泣き出す賀子カコに「アンタは勉強なんか出来んでもええやんか」と言いたくなる投げ遣りな自分が悲しかった。

謝るタイミングを失った私は、いつも賀子カコが欲しがっていたメモ帳の最初のページに「ごめんやで」と書いて賀子カコの机に置いておいた。


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賀子カコのモヤモヤを引き摺ったまま、体育の次に憂鬱な「工技」の授業を受けるのは辛い。

「工技」はDIYのようなことをする授業で、今回は板材を決まったサイズに切り、小さなブックラックを作る課題だ。

「せんせ、これどないしよ。」

板材を真っ直ぐに切れない、釘も真っ直ぐに打てない。致命的に不器用な私は、担当の盛岡先生に泣きついた。

「うわー、お前これ。何でこんなんなるんやホンマ。」

こっちが聞きたかった。
私のように鈍臭いドンクサイ生徒は他にもいて、先生は手が回らない。


「もうこれ釘抜いてな、あ、多羽オオバええとこ来たわ。ちょ、これ羽田ハタの見たって。」

よりによって偶々タマタマ通りかかった多羽オオバが呼び止められた。

私の打った釘が板から斜めに飛び出している。

「え、お前何でこんなんなるん?」

仲良くなれたのは良かったが、多羽オオバにはデリカシーが欠如していた。
盛岡先生と同じでも、多羽オオバの言葉は私の自尊心と乙女心に真っ直ぐ釘を打ちつけてくる。
多羽オオバを呼び止めた盛岡先生のこともうらめしく思えた。

多羽オオバは釘抜きで飛び出した釘を抜き、真っ直ぐ打ち直し、私のあけた歪んだ穴にそこらにあった木屑を詰めた。

「こんでええやろ。穴もあんま分からんようなったやろ。」

にっこり笑って「ありがとう」と言える可愛い女の子だったならどれほど良かっただろう。

多羽オオバが直してくれた嬉しさより、人並みに出来ない自分が死ぬほど恥ずかしく、ムスっとしたまま小声で何とか「ありがとう」と言うのが精一杯だった。


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家に帰ると賀子カコの机に置いておいたメモ帳が、私の机の上にあった。
あんなに欲しがっていたメモ帳も要らないくらい怒っているのだろう。
自分の書いたメモを捨てようと捲ると

「またべんきょうおしえてな」
と書いてあった。

19に続く…