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多羽(オオバ)くんへの手紙 ─19─
毎年2学期に行われる球技大会が今年から1学期に行われる。
2学期は何かと行事が多いからなのだろう。
月1委員会で当日の作業が割り振られた。
男子はサッカーかバスケット、女子はバレーボールかバスケットのどちらかには必ず参加する決まりで、可能であれば両方参加することも出来た。
「多羽はどっちも出るんやろ?」
「いや、サッカーだけ。バスケは苦手やねん。」
スポーツ万能だと思っていたのに意外だった。
「なんで?」
「バスケはちょっと当たっただけですぐ反則なるやろ?あれがいややねん。」
柄本のことを思い出した。
案外気にしていたのかもしれない。
***
「ミスミン、男子のサッカー見に行こー。」
「委員のやつ終わったらすぐ行くから先行っとって。」
私とお鈴がお茶濁しに参加したバレーボールはあっさり負けた。
負ければそこで終わりなので、私達は暇を持て余していた。
体育館でバレーボールのネットの緩みを直したりしていると、ごく隅っこの方で男子のバスケを見ている五十嵐聡子がいた。
聡子とは去年同じクラスで、別のクラスになった今も仲良くしていた。
「さぁこ、誰見てんの?」
私は聡子のことを「さぁこ」と呼んでいたが、彼女は「水澄」ではなく羽田に引っ掛けて私のことを「ハッチ」と呼んでいた。
「もうちょい近くで見りぃや。」
さぁこの腕を軽く引っ張ると
「ハッチ!あかんあかん!加地くんにバレてまうやんか!」
逆にすごい力で引き戻された。
こんなに分かりやすく真っ赤になっていたら、もう加地にもバレているだろう。
さぁこは年頃の女の子には珍しく普段は母親の買ってきた服を着、髪も家で母親に切ってもらっているような子だった。
ただピアノを弾く時は別人で、プロになる人とはこのような人ではないかと思われた。
加地武生。
家が割りと近所で、小学生の頃時々遊んだりしたこともある。
小さい頃から野球少年で、今は野球部のエースピッチャーだ。
さぁこは異性に興味が無いと思っていたので少し驚いたが、気持ちが多羽へと急いていた私は「また今度教えてな」とだけ言ってその場を離れた。
***
「ミスミン、こっちこっちー。」
お鈴が見やすい場所を確保してくれていた。
「多羽めっちゃ上手いで。人気出てまうんちゃう?」
周りは騒がしかったが、お鈴の囁き声はハッキリ聴きとれた。
毎朝サッカーをしていたことと、持ち前の運動神経の良さとで多羽は多少目立っていたが、女子のお目当てはほぼ弘ちゃんだった。
弘ちゃんはバスケにも参加していたらしく、「バスケの時もかっこよかった」と話している声も聞こえた。
中村弘司。
長身で色黒のシュッとした弘ちゃんは同学年だけでなく、後輩女子からも人気があった。
この中で多羽を見ているのはきっと私だけだっただろう。
よく見ると戸澤が本気でそれなのかやる気がないのかチンタラと走っていた。
「お鈴、ちょお、あれ見てん。戸澤。」
「うわぁ、おっそ!コザっちは煙草吸うてるからすぐ息上がんねん。ニコチンパワーは一瞬らしいで。」
「そんなんやから背ぇも伸びひんねんな」
戸澤ダサいなぁとお鈴と顔を見合わせて笑ったけれど、「人気出てまうんちゃう?」が魚の小骨のように引っかかっていた。