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【ショート】ウォータープルーフ

(1,683字)

真知マチ、お前そんなとこにホクロあったっけ?」

姉を呼び捨てにする弟の清人キヨトは、小さい頃からよく気の付く子だった。
道端の草や虫にも興味津々な清人キヨトを溺愛していた母はことあるごとに
真知マチも女の子なんだからさぁ、清人キヨトくらい気の回る子だったらねぇ。」などと言ったものだ。
母の言葉を聞く度に、清人キヨトのことが少し憎らしくなったほどだ。

この頃どういう訳か、私はホクロを描くことが好きだった。
今日は口元、別の日には目元。
アイライナーやアイブロウペンシルなどで描くと自然な感じになる。
不自然にならないよう描いていたつもりだったのに。
どこまで観察力の鋭い男なのだろうか。
清人キヨトは私の描きボクロにすぐに気が付いた。

「アンタさぁ、そんなところに気が付くような男になったらダメだよ。」



メイクやネイル、通常の美容室業務を兼ねたサロンに月1回通うのが私の至福のひととき。
ところが馴染みの女性スタッフが辞めてしまい、代わりに担当になったのが恵大ケイタだった。
男性にメイクされるのが苦手だったこと、前任の女性スタッフと同じように「真知マチさん」と呼ぶ馴れ馴れしさ、自分のことを「恵大ケイタ」と名前で呼んでくれと言うところ、どれもこれも好きではなかったが、恵大ケイタのメイクは気に入っていた。
ルックスの良さも手伝ってか女性ファンも多く、雑誌やローカル局の情報番組で取り上げられたこともあった。


真知マチさん、ウォータープルーフのマスカラ嫌いだったよね?」
「うん。こびりついてる感じが何となく、ね。」

恵大ケイタの仕事終わりを「出待ち」している女性客もいたらしい。
女性が避けるべき「3B」。
──美容師、バンドマン、バーテン
恵大ケイタはそのトップをブッチギリで走っているような男だというのに。



角部屋が気に入って入居してから数年。
エレベーターもない低層マンションだが住めば都だ。

恵大ケイタくん?」
オレンジ色の夕暮れの陽が当たるドアの前に恵大ケイタが座っていた。

真知マチさん、ちょっとだけ居候させてよ。」
「え?は?何で家わかったの?お店のカルテか!職権乱用だろ。最ッ低!」
「店は辞めた。フリーでもやってけるしね、俺。」

本当にイケ好かない男だ。


──しつこい女性客が自宅前で待ち伏せしていて入れないから、少しの間世話になりたい

恵大ケイタの話を要約するとそんな話だった。

「昔あったドラマみたいにキャリアウーマンじゃないのよ、アタシは。アンタを養えるほど稼いでないんだから。」
「金は大丈夫。仕事はしてるから。でもタダって訳にはいかないからメイクさせてよ、出勤メイク。」


メイクの仕上げがホクロだったのは、私の描きボクロに気付いていたからだろう。
清人キヨトに注意した姉がこのザマだ。



私が帰宅した時、恵大ケイタは居たり居なかったりだったが、
遅くなってもいつも帰って来る。
彼の仕事の話を私からは聞かなかった。
恵大ケイタの仕事にあまり興味がなく、詮索されないことも
ウチへ居候する決め手になったのかもしれない。

真知マチさん、ワイン一緒に飲もうよ。」
「ワインは無理。飲んでる最中から頭痛がするから。アタシは焼酎のソーダ割。」
どれだけ酔っても悲しいかな、男女の関係にはならなかった。


しばらく続いていたそれなりに快適な生活は
唐突に終わりを告げる。

真っ暗な部屋はよくあることだったが、テーブルの上にマスカラが1本だけ置いてあった。
今朝メイクに使ったものではない、ウォータープルーフのマスカラ。

恵大ケイタがこの部屋に帰って来ることはないのだろう。
何?このマスカラだと泣いても取れないから使えってこと?
最後まで本当にイケ好かない。

恵大ケイタの置いていったワインの残りをシンクに流す。
あぁ、でもやっぱりマスカラはウォータープルーフがいいのかもなぁ。

描きボクロに気付く男はやっぱりダメだと清人キヨトに念押ししておこう。


※フィクションです。


ではまた~