[星を撒く]| シロクマ文芸部
#シロクマ文芸部
#星が降る
小牧幸助さんの企画に参加させてもらいます
(1,048字)
──星が降るってこういう感覚なんだな
強烈なアッパーカットが男の顎下へクリーンヒットした。
──師匠が言ってたな。
男の名はコルト。
以前は多少名の知れたボクサーだったが、今ではギャング組織の用心棒に落ちぶれる有様だ。
そのコルトが今、無様にも少女のアッパーカットで宙を舞い後ろへと吹っ飛んだ。
「おい、チンピラ。いい加減ここいらの子供の稼ぎ、持ってくのやめろよ。アタシらだってな、好きでこんな物乞いみたいなことやってんじゃないんだよ。生きるためにやってんだ。」
アッパーカットの少女が、倒れたコルトを鬼の形相で見下ろしていた。
この貧民街では子供どころか大人も仕事にありつけず、子供は靴磨きや物乞い、売春。
皆、生きていくために必死だった。
「お前、女なんだから他に稼ぐ道あるだろ。顔だってよく見りゃ美人だしな。名前は?」
コルトがペッと口の中の血を吐き出しながら言った。
「アタシはアリサ。どんなに困っても体だけは売りたくないんだよ。どうせお前らみたいなチンピラどもの懐を温くするだけだろ。」
「アリサ、お前その体で稼げるぞ。売るんじゃねぇ。その拳でだ。」
コルトは組織を抜け、アリサをボクサーとして徹底的に鍛え上げた。
カラカラに乾いた地面に水が吸いこまれるように、アリサはコルトの教え全てをグングンと吸収し、トップボクサーへの道を駆け上がった。
「アリサ、俺の遺言聞いてくれるか。」
「何だよ。出来ることなら聞いてやるよ。」
「俺の命はもう長くない。」
「知ってたよ。気休めみたいな薬飲んでるの。」
「病院で管に繋がれて死ぬなんてごめんだ。俺はな、お前のアッパーカットで死にたい。安心しろ。人殺しにはしねぇよ。ちゃんと手は打ってある。」
コルトの死は新聞の一面に大きく取り上げられた。
アリサは殺人罪に問われることはなかったが、煩わしいマスコミや世間の好奇の目を避けるため長い船旅に出た。
灯りのない漆黒の海の上は満天の星空。
小さな壺を持ったアリサは甲板に立っていた。
──おっさん、遺言通りだろ
アリサが海に撒いたコルトの遺灰は
夜空で星たちと同化し
キラキラと舞い散った。