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多羽(オオバ)くんへの手紙 ─13─
その日の食卓は最初から不穏な空気が流れていた。
珍しく早く帰宅した父も一緒の夕飯。
何かの引っ掛かりで父と母が言い争いになった。
私がそんな言い方何時した?
したやないか。ネチネチと。
始まりは本当に些細なくだらないことだっただろう。
静かな海が次第に荒れて来て
小さかった波が大きくなって海鳴リ出す。
不安気な顔付きの伊織と賀子は箸が進んでいない。
私は平静を装い無言で食事を続けた。
「何やのよ!」
母の甲高い声と同時にほうれん草のよそわれていた小皿が父の方に向かって飛んだ。
父の後ろの壁に当たった皿は割れ、ほうれん草のお浸しが飛び散った。
「何や!もっとやらんかい!やれやれ!」
父も声を荒げて煽る。
母よりも父の剣幕に驚いた。
あんなに声を荒げた父は見たことがない。
私もさすがに穏やかでない心持ちになってきたが
賀子の大泣きで、荒れた海は静かになった。
母が散らばったお浸しと皿の破片を
泣きながら拾っていた。
✳✳✳
「みーちゃんはお父さんとお母さんがリコンしたらどっちについて行く?」
布団の中で賀子に聞かれた。
「そやなぁ、お父さんかな」
母が嫌いだったわけではない。
ただ、その時は何の迷いもなくそう答えた。
「カコもお父さんかな。お母さんかわいそかな。けどイオくんはお母さんの方やろうからええかな。」
「心配せんでもそんなんならへんと思うで。大丈夫。」
それで安心したのか、賀子はすぐに眠ってしまった。
チビはええよな、すぐ眠れて。
私は考えることがようさんあるねん。
アンタのホンマのお姉ちゃんじゃないかもししれへんしな。
生意気にも私は大人の端くれのつもりだった。
お鈴はどうだったのだろう。
本当は父親について行きたかったのだろうか。
父親の方なら、苗字もそのままで引っ越すこともなく、余計な詮索や想像もされずに済んだかもしれない。
得体の知れない不安と孤独を和らげるために、お鈴を引き合いに出してまだマシだと思う自分は何て穢らしいのだろう。
自分の空に立ち込めた黒い雲は
自分の力ではらうしかない。
なんとか見つけた着地点は少しフワフワとしていて心地よく
いつの間にか眠ってしまった。
✳✳✳
この時の心配は全くの杞憂で両親が離婚することは無かった。
「大丈夫」と言って賀子を安心させたのはその場しのぎの言葉だったが実際に「大丈夫」だったのだ。