[憧れのお姉さん]|青ブラ文学部
# 青ブラ文学部
山根あきらさんの企画に参加させてもらいます。
よろしくお願いします。
(本文:806字)
バッチコーン!
ほろ酔い気分の人。
仕事帰りの人。
デート中のカップル。
楽しげな人たちの行き交う雑踏に響くビンタ音。
騒動に驚いた人達が、何事かと私達の方をチラチラ見ながら通り過ぎる。
「透子、本気でやってそれか?ほら、もっと思っきりやれって!全然痛くないぞ。」
助走をつけたように放った渾身のビンタは、音ほどは痛くなかったのか我慢しているのか。
私を煽る浩司の声で、私達は更に注目のまとになっていた。
──透子は初めて見た時から俺の憧れのお姉さんだったんだよな
以前勤めていた会社を退職し、この会社に入社してから暫く経った頃、6つ年下の浩司が猛アタックしてきたのだ。
年下の男となんて上手くいくわけがない、無理だと何度も断ったが、
嫌いじゃないなら付き合っているうちに好きになってくるかもしれないな、くらいの気持ちだった。
しかし、ある時から浩司が同い年の女子社員と何やら親しげに話すようになった。
憧れのお姉さんは嫉妬なんてしない。
年上彼女は心が寛いの。
余裕綽々のつもりだったのに。
浩司の気持ちに胡座をかいていた私は、無様にもゴロリンと仰向けに引っくり返ってしまった。
年上女の嫉妬は醜悪だ。
「ほれ、こっちも殴ってみ、本気で。」
自己嫌悪と嫉妬の陽炎を纏った私に、浩司が反対の頬を差し出してくる。
バッチコーン
バチコン
パチコン
パチン
…
──あの子な、俺の同期の天堂のことが好きなんだって。透子も知ってるだろ?天堂。その相談されてただけ。
何なのよそれ。
とてつもなく恥ずかしくてみっともないのに今更引っ込みが付かない。
「あっそ!もう帰る!サイナラ!」
「そっちじゃないだろ。あぁもう!」
─世話の焼けるヤツだな。ヨイショっと
お腹の辺りに入った浩司の腕が私の体をフワッと持ち上げる。
セカンドバッグのように小脇に抱えられた憧れのお姉さんは
これも悪くないな、なんてユラユラと揺れていた。
(終)