ショート ショート 「しゃべる家」
俺の住むアパートのすぐ近くに住宅展示場とやらが出来た。
まあ、結婚どころか、一生彼女も出来ないだろう俺にはマイホームなんて、夢物語に過ぎない。
日曜日の午後、何処にも行く宛もないので暇つぶしに覗きに行った。
どのモデルハウスも最新の電化製品が配置され、そんな豊かな生活をしているような気分に錯覚させられる。結局、35年とか超長いローンに追われることになるんだろうな。俺には関係ないけどね。
「いかがですか、お気に入りのモデルハウスは見つかりましたか?」
住宅販売会社の社員が声をかけてきた。
「どれも似たようですね」
まさか暇つぶしに来たとは言えないので、気に入らない体を繕い答えた。
「それでしたら、是非ご紹介したい、特別のモデルハウスがございます。開発されたばかりの最新AI搭載のしゃべる家です」
「しゃべる家ですか?何ですかそれは」
「家全体がコレクサのようなものです」
話しかけて音楽を聞いたり、お天気を教えてくれる例のあれか。
面白そうなので販売員の後に付いて行った。
展示会場の裏の方にそれは建っていた。
外観は全体が黒くて円柱の建物だ。
「ドアを開けて」と販売員が言うとスーッと音もなくドアが開き、「お帰りなさい」と家がしゃべった。
「面白い!」と思わず俺も声を出してしまった。
「最初にお住まいになる方の声を登録しますので、泥棒は侵入できません」
「ほー。なるほど」
「こちらがキッチンになっています。水もお湯も言った通りに出して、止めてくれます」
「ほー便利ですね」
その他窓の開け閉め、冷蔵庫まで声で操作できる。
『花粉が侵入したので空気清浄機をオンにしました』
また、家が喋った。
「こちらが言わなくても感知してくれます」
「如何でしょう。今回特別モニターとしてかなりお安く提供させて頂いています」
「いや〜、いくら特別モニターだと言っても、購入はちょっと・・・」
「それなら1週間試しに住んでみませんか?もちろんお試し期間は無料です。」
無料と聞いて俺は反応した。住んでみて嫌なら、というよりお金が無いので買えないが「タダなら試すのもありだ」と思った。
「何なら今日からお住まい下さい」
俺はアパートに戻り、1週間分の旅行の身支度をしてモデルハウスに戻った。声の認証も済ませ、販売員は帰って行った。
今夜から1週間、あのオンボロアパートに帰らなくて済むと思うとウキウキした。
「さて、何をして貰おうかな。そうだ、風呂だ!」
「風呂の用意をしてくれ」 「かしこまりました。お湯の温度は如何しますか?」
いつも銭湯に行っている俺にお湯の温度が分かる訳が無い。
「熱くもなく、ぬるくもない温度にたのむ」「かしこまりました」
お風呂が沸くのを待ちながらテレビを観ようと思った。
「テレビを付けてくれ」 「テレビ番組表からお選び下さい」
50インチは有るだろう大画面に番組表が映し出された。
俺が好きなお笑いや、旅番組、映画など、順番に観れるように指示した。
「お風呂の用意が出来ました」
俺は素っ裸になり、喜んで風呂に入った。「シャワーに向かってお湯を出してくれ」と言うと、いきなり熱湯が俺の股間に吹き出した。俺は慌てて後ろにのけ反り「止めろ〜!」と叫んだ。
「何考えてんだよ!火傷するじゃ無いか」 「温度設定聞いていません」 「くっそー。いちいちめんどくさいなぁ」
俺は気を取り直して湯舟に浸かろうと右足を湯舟に入れた途端、「冷てー!何だよ、氷水みたいに冷たいじゃないか!」
「はあ?熱くもなくぬるくもなくって、言いましたよね?」
「なんだコイツ、ふざけんなよ!」確かに言ってたけど。
「気に入らないなら、帰れば〜」
俺は誰に言われてんだ?頭が混乱して来た。
「タダで住めるからって調子に乗ってやって来た奴はあんたで10人目だよ」
そうなのか。それで性格が歪んだのかも知れないなと、俺は同情のような気持ちになっていることに気づいた。
「どうせこんな家、誰が買うもんか」愚痴が始まった。
その後も今まで来た奴らの悪口になった。大人しく聞いていたが、マズイ、昼間食った消費期限切れのゆで卵のせいか、腹が痛くなり、ぷ〜っと屁をこいてしまった。
「異常な臭いを感知したので、空気清浄器をオンにしました」
俺は次の日、オンボロアパートに帰った。
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