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【食エッセイ】最古のごちそう

梅ヶ枝餅が好きだ。

いつ頃から好きだったのか思い出せない、そのくらい好きだ。
あの、手のひらくらいの大きさ、暖炉の前でとろけて丸くなった猫のような平べったいフォルム、次から次へと口へ運んでしまう甘すぎない餡。
もし、人生の最後に何が食べたいか、と聞かれたら「梅ヶ枝餅」って答えてしまうかもしれない。

梅ヶ枝餅の本場は福岡だけど、九州に住んでいれば食べる機会は割と巡ってくる。
お祭りの時やお正月になると、神社の近くに梅ヶ枝餅の屋台が出るからだ。小さい頃の私はそのたびに両親に「梅ヶ枝餅買って!!」と大きな声でお願いして困らせていた。
私より小さく、聞き分けの無い弟や妹を抱えた両親は、仕事終わりに子どもたちをお祭りに連れて行くだけでも疲れていたことだと思う。けれど当時の私にとっては、お祭りで梅ヶ枝餅を買ってもらうことが第一義であり、ほかのことはどうでも良かったのである。

包装紙にくるまれた5個入りのホカホカの梅ヶ枝餅を神様からの捧げ物のごとく恭しく受け取り、持ち歩くのは長女である私の役割であった。両親は弟妹を連れているから手がふさがっていたし、何より、私は(この梅ヶ枝餅を誰にも渡したくない)と本当に心の底から思っていたのだから。

家に持ち帰るころには少し冷めてしまっているので、母が電子レンジで温めなおしてくれる。食べるのは明日にしなさい、とよく言われたけれど、梅ヶ枝餅を買ったらその日のうちに食べないといつまで経っても梅ヶ枝餅のことが頭から離れなくなってしまうから、買ったその日のうちに食べてしまわないといけない。本当に美味しい食べ物は、謎の強迫観念すら生むということを、私は梅ヶ枝餅を通じて学んだ。

屋台の梅ヶ枝餅は、大体5個入りか10個入りの単位で売られていたが、両親は絶対に5個入りしか買ってくれなかった。
当時の私はそのことを大変恨めしく思っていたのだけれど、大体は父か母のどちらかが「食べきれんけん、あんたにあげる」と言って翌日に1つオマケで私にくれることが多かった。食べきれないなんておそらく嘘に違いなく、好きな物を少しでも我が子に与えてあげたいという親の愛情にほかならないと思うのだが「じゃあいっそのこと10個入りを買ってくれ」と長女は思っていたのだから、親の心子知らず、というのはまことである。

九州を離れてから食べる機会はめっきり減ってしまった梅ヶ枝餅だが、今でもどうしても食べたくなってしょうがない時がある。
でも、通販は最後の砦だと思っているから試したことは無い。

それに、梅ヶ枝餅は焼きたてを受け取るのが一番良いに違いない。私にとっての最古のごちそうは梅ヶ枝餅だ。梅ヶ枝餅を受け取る時、私はいつも、両親が注いでくれた愛のかたちを思い出す。

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